聖女ジャンヌ・ダルク - The Sacred Secret
聖女

聖女ジャンヌ・ダルク

ジャンヌ・ダルク/オルレアンの乙女/フランスの守護聖女
Sainte Jeanne d'Arc(仏)/ Saint Joan of Arc(英)/ Sancta Ioanna Darc(羅)
◆ 年代1412年1月6日頃〜1431年5月30日(享年19歳)
◇ 出身地フランス・ドンレミ(ロレーヌ地方)
◆ 祝日5月30日
◇ 守護分野フランス・兵士・女性軍人・捕虜・囚人・殉教者・迫害された人々・篤信ゆえに嘲笑される人々・強姦の被害者
◆ シンボル
剣と旗 甲冑 炎(火刑) 白百合(純潔) 王冠(フランス王家)
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Life / 生涯

ジャンヌ・ダルクは1412年頃、フランス東部ロレーヌ地方ドンレミの農家に生まれました。百年戦争のさなか、フランスの大部分がイングランド軍とブルゴーニュ派に占領されていた時代です。13歳頃から聖ミカエル、聖カタリナ、聖マルガリタの声を聞くようになり、やがて「フランスをイングランドから解放し、シャルル7世を戴冠させよ」という神の命令を受けたと確信します。

1429年、17歳のジャンヌは身分を隠して王太子シャルルのもとへ赴き、神の使者であることを認めさせることに成功します。男性の甲冑に身を包んだジャンヌは軍を率いてオルレアン包囲を解き、次々と勝利を重ねます。同年7月、ランス大聖堂でシャルル7世の戴冠式が行われ、ジャンヌの使命は果たされました。

しかし翌1430年、コンピエーニュでブルゴーニュ軍に捕らえられたジャンヌは、イングランドに引き渡されます。ルーアンでの裁判では、異端・魔術・男装などの罪を問われました。70以上の罪状を巧みに論駁したジャンヌでしたが、脅迫と欺きによって一度撤回の署名をさせられ、その後撤回を撤回したとして1431年5月30日、ルーアンの広場で火刑に処されました。19歳でした。

1456年に名誉回復裁判で無罪が宣言され、1909年に福者、1920年5月16日に聖人に列せられました。現在もフランスの国民的英雄として、世界で最も広く知られた聖女のひとりです。

Episode / エピソード・伝承

火刑の炎の中でも「ジェズ(イエス)!」と叫び続けたというジャンヌの姿は、処刑を執行したイングランドの兵士の一人に深い衝撃を与え、「我々は聖女を燃やしてしまった」と後に語ったと伝えられています。またルーアンの民衆の中にも、その死を目撃して泣き崩れた者が多くいたといいます。

裁判記録がほぼ完全な形で残っているため、ジャンヌの言葉が歴史上の多くの人物の中で最もよく記録された人物のひとりとなっています。裁判官たちの難解な神学的罠にも、農家育ちの少女が鋭い知性と信仰によって応答した場面は特に有名です。「神がフランスの側にいるかどうか」と問われた際、「もし神がフランスにおられなければ、神がフランスにいてくださるよう祈ります。もし神がおられるなら、フランスはなぜ勝てないのか」と問い返したという言葉は、今も語り継がれています。

「わたしはあなたがたに平和を残し、わたしの平和を与える。わたしはこれをあなたがたに与える。世が与えるようには与えない。心を騒がせるな。おびえるな。」 ? ヨハネ14:27(ジャンヌが火刑台へと向かう際に唱えたとされる御言葉)

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