アレクサンドリアの聖カタリナ - The Sacred Secret
聖女

アレクサンドリアの聖カタリナ

カタリーナ/カトリーヌ/キャサリン
Santa Caterina d'Alessandria(伊)/ Sainte Catherine d'Alexandrie(仏)/ Saint Catherine of Alexandria(英)/ Sancta Catharina(羅)
※ 「聖カタリナ」という名の聖人は複数います。このページはエジプト・アレクサンドリアで殉教した4世紀の学者・処女殉教者についてのものです。シエナの聖カタリナ(4/29)、スウェーデンの聖カタリナ(3/24)、聖カタリナ・ラブレ(11/28)とは別人です。
◆ 年代287年頃〜305年頃(享年18歳頃)
◇ 出身地エジプト・アレクサンドリア
◆ 祝日11月25日
◇ 守護分野哲学者・神学者・弁証家・学者・学生・教師・説教者・弁護士・図書館員・書記・秘書・車輪職人・陶芸家・紡績師・粉屋・機械工・娘・未婚女性・瀕死の人・看護師
◆ シンボル
棘の車輪(カタリナ車輪) 棕櫚の枝 王冠 書物
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Life / 生涯

カタリナはエジプトのアレクサンドリアに生まれた王侯の出身とも伝えられ、幼い頃から哲学・神学・修辞学などの学問に秀でていました。若くしてキリスト教に改宗し、ローマ皇帝マクセンティウスによる迫害が始まった305年頃に当局の前に進み出て信仰を公言したとされます。

皇帝は彼女の信仰を打ち崩そうと50人の哲学者・弁論家を集めて論争を挑ませましたが、カタリナはことごとくこれを論破し、逆に論争に加わった多くの者がキリスト教に改宗したと伝えられています。怒った皇帝はカタリナを投獄し、棘のついた車輪で処刑しようとしましたが、車輪は奇跡的に砕け散り、最終的に斬首によって殉教しました。

伝承によれば遺体はシナイ山に運ばれ、その地に建てられた修道院(後の聖カタリナ修道院)に今も安置されています。中世ヨーロッパでは最も人気のある聖女のひとりで、十四救難聖人のひとりにも数えられています。

Episode / エピソード・伝承

カタリナにまつわる最も有名な伝承は「神秘の婚約(神秘的な結婚)」で、幼子キリストを抱く聖母マリアの前でカタリナが指輪をキリストから授けられるというものです。この情景は中世絵画の重要なテーマとなり、フィリッポ・リッピ、ペルジーノ、コレッジョら多くの巨匠たちが描きました。

彼女のシンボルである「カタリナ車輪」は、棘のついた拷問具が奇跡的に壊れたエピソードに由来します。この車輪は今日も花火の一種「キャサリン・ホイール」の名に残っており、中世の祝祭文化に聖人崇敬が深く根ざしていたことを示しています。

フランスのジャンヌ・ダルクは「カタリナの声」を聞いたと証言したことでも知られており、カタリナはフランスとりわけ農村の若い女性たちにとって特別な守護者でした。「カトリーヌの日」(11月25日)はフランスで独身の若い女性が帽子をかぶる風習「カトリネット」として近代まで親しまれました。

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