聖フィロメナ - The Sacred Secret
聖女・殉教者

聖フィロメナ

フィロメナ/フィロミナ
Sainte Philomene(仏)/ Saint Philomena(英)/ Sancta Philomena(羅)
※ 聖フィロメナは1961年にカトリック教会の公式祝日暦(ローマ殉教録)から削除されました。歴史的実在の確証が得られなかったためですが、民間信仰においては現在も根強い崇敬が続いています。このページは伝承と信仰の記録として作成しています。
◆ 年代3世紀頃(伝承)
◇ 出身地ギリシャ(伝承)
◆ 祝日8月11日(民間信仰)
◇ 守護分野乳幼児・子ども・青少年・処女・貧者・病人・司祭・不可能な事柄・絶望的な事柄(民間信仰)
◆ シンボル
棕櫚の枝(殉教) 百合の花
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Life / 生涯

聖フィロメナの崇敬は1802年にローマのプリスキッラのカタコンベで発見された遺骨に端を発します。墓碑には「Pax tecum Filumena(フィロメナよ、汝に平和あれ)」と刻まれており、傍らに殉教を示すシンボルが描かれていました。遺骸はその後イタリアのムニャーノ・ディ・ナポリに移され、たちまち多数の奇跡が報告されて巡礼地となりました。

伝承ではフィロメナはギリシャの王女で、ローマ皇帝ディオクレティアヌスに結婚を迫られたが信仰と純潔を守るために拒否し、錨で川に沈められ、矢を射かけられるなど幾度もの処刑を奇跡によって生き延びた後、最終的に斬首されて殉教したとされます。

Episode / エピソード・伝承

19世紀にフィロメナの崇敬は驚くほどの速さで広まりました。アルスの聖ジャン=マリー・ヴィアンネは彼女を「私の小さな聖フィロメナ」と呼んで深く崇敬し、聖堂に彼女の祭壇を設けました。教皇グレゴリウス16世も彼女を公式に崇敬し、「奇跡の女王」とも呼ばれるほどの人気を博しました。

しかし1961年の第二バチカン公会議前後の典礼改革の一環として、歴史的実在の証拠が不十分として公式暦から削除されました。それでもイタリアや南米を中心にフィロメナへの私的崇敬は現在も広く続いており、ムニャーノ・ディ・ナポリの聖堂には今も多くの巡礼者が訪れています。

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