プラハの幼子イエス - The Sacred Secret
イエス・キリスト

プラハの幼子イエス

プラハの幼子/プラハのイエス
Infant Jesus of Prague(英)/ Prazske Jezulatko(チェコ)/ Nino Jesus de Praga(西)
※ プラハの幼子イエスは聖人ではなく、16世紀のスペイン由来の奇跡の像に対する信心です。普遍ローマ典礼暦には独立した祝日は設けられていませんが、最も広く用いられる祝日は1月14日で、1651年にプラハで金の冠が奉献された日に由来します。1月3日(イエスの聖名の祝日)や5月第1日曜日(現地の戴冠祭)に祝われることもあります。
◆ 像の起源16世紀スペイン制作(推定)
◇ 安置場所チェコ・プラハ「勝利の聖母教会」
◆ 祝日1月14日(最も一般的)/ 1月3日・5月第1日曜日
◇ 守護分野子ども、家庭、病者、カルメル会、チェコ・プラハ
◆ シンボル
宝珠十字(グロブス・クルキゲル) 金の王冠 典礼色に合わせた豪華な衣 右手の祝福のしぐさ
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About / 信心について

プラハの幼子イエスは、チェコのプラハ・マラー・ストラナにある「勝利の聖母教会(Kostel Panny Marie Vitezne)」に安置されている高さ約47センチの像です。蠟でコーティングされた木製の像で、左手に世界の王権を示す宝珠十字(グロブス・クルキゲル)を持ち、右手を祝福のしぐさに挙げた幼子イエスの姿が表されています。右手の指の形には神学的な意味が込められており、2本の折り曲げた指はキリストの神性と人性の二本性を、3本の立てた指は三位一体を象徴しています。

像の起源は16世紀スペインとされ、スペインの貴族ドナ・イサベル・マンリケが娘マリー・マンリケへの結婚祝いとして贈ったものが、やがてプラハへ渡ったと伝えられています。1556年頃にボヘミアに持ち込まれ、マリーの娘ポリクセナ・フォン・ロブコヴィッツ侯爵夫人が1628年にプラハのカルメル会修道士たちに寄贈しました。その際「私が最も大切にしているものをあなた方にお渡しします。この像を大切に守れば、あなた方は幸せになれるでしょう」と語ったと伝えられています。

この信心への崇敬は世界中に広まっており、カルメル会を通じてスペイン語圏・フィリピン・南アフリカ・アジア各地に伝播しました。幼子イエスへの信心は受肉(神が人となった)の神秘を深く味わう霊性に根ざしており、弱く小さな存在の中に全能の神が宿るという逆説的な美しさが多くの信者の心をとらえています。

Episode / エピソード・伝承

三十年戦争(1618年〜1648年)の混乱の中、1631年にスウェーデン軍がプラハを占領した際、カルメル会修道士たちは修道院を追われ、幼子の像は高祭壇の裏のごみの山に打ち捨てられました。7年間そのままになっていた像は両手が折れた状態で発見されました。1637年に修道士キリルス神父が像を見つけ、礼拝堂に安置して祈っていたとき、「わたしを哀れんでください。そうすればわたしもあなた方を哀れみましょう。わたしに手を返してください。そうすれば平和を与えましょう。あなた方がわたしを称えれば称えるほど、わたしはあなた方を祝福します」という声を聞いたと伝えられています。この言葉は世界中の幼子像に刻まれる言葉となりました。

像の衣は典礼暦に合わせて着せ替えられる伝統があり、現在も約100着の衣装がプラハの修道女たちによって大切に管理されています。白・赤・紫・緑・金など典礼色に対応した衣装は、マリア・テレジア女帝や貴族たちからの奉納品も含む歴史的なコレクションです。2009年には教皇ベネディクト16世がプラハを訪問した際、新たな王冠を授けました。また幼子像のレプリカは世界各地の教会・家庭に置かれており、「汝がわたしを称えるほど、わたしは汝を祝福する」という言葉とともに信者に深く親しまれています。

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