聖ジャン=バティスト・ド・ラ・サール - The Sacred Secret
聖人

聖ジャン=バティスト・ド・ラ・サール

キリスト教学校修士会(ラ・サール会)創設者/教師の守護聖人
Saint Jean-Baptiste de La Salle(仏)/ Saint John Baptist de La Salle(英)/ Ioannes Baptista de La Salle(羅)
◆ 年代1651年4月30日〜1719年4月7日(享年67歳)
◇ 出身地ランス(現フランス・グラン・テスト地域圏)
◆ 祝日4月7日(帰天日)
◇ 守護分野教師・学校教育・教育者全般
◆ シンボル
書物・鵞ペン(教育) 子供たち(生徒) 修道服(ラ・サール会)
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Life / 生涯

1651年4月30日、フランス・ランスの裕福な貴族の家に生まれました。11歳で叙品を受け、16歳でランス大聖堂の参事会員に任命。神学を修め27歳で司祭叙階、29歳で神学博士号取得と順風満帆な聖職エリートへの道を歩んでいました。しかし貧しい子供たちのための学校設立を援助するため関わった教師たちとの出会いが転機となります。当初は「あくまで助言するだけ」のつもりでしたが、気づけば教師たちを自宅に招き、やがて共に生活し、ついに参事会員の地位も財産もすべて手放して貧しい教師・生徒たちの中に飛び込んでいました。

1685年、ランスに世界初の教師養成学校(師範学校)を設立。ラテン語ではなく母国語で授業を行い、個別指導ではなくクラス単位の授業、習熟度別クラス編成など現代教育の原型を作りました。1694年に「キリスト教学校修士会(ラ・サール会)」を正式に創設。1719年4月7日、聖金曜日の朝に帰天。1900年に列聖、1950年に教皇ピウス12世が「すべての教師の守護聖人」に宣言しました。現在もラ・サール会は80か国以上で100万人以上の生徒を教育しています。

Episode / エピソード・伝承

ド・ラ・サールは晩年「もし神が最初から何を求めているか教えてくれていたら、決して『はい』とは言わなかったでしょう」と語ったと伝えられています。貴族出身の聖職エリートが、社会の最底辺の子供たちのために全財産と地位を投げ打つという選択は、誰の目にも理解しがたいものでした。しかし神は彼を一歩一歩導き、気づいたときには後戻りできないほど深く関わっていました。この「少しずつ引き込まれる」という召命の形は多くの信者に深く響き、今日も「神の計画は一度に全部見せてもらえない」という霊的真理の証として語り継がれています。

日本のラ・サール会の学校としては鹿児島のラ・サール高校などが有名です。

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