シンボル
神の子羊

神の子羊

神の子羊(アニュス・デイ)
Agnus Dei(羅)・Lamb of God(英)
◆ 別称 小羊、神羊とも表記
◇ 起源時代 初期キリスト教時代(2〜4世紀の地下墓所美術に確認)
◆ 聖書箇所 ヨハネ1:29、黙示録5:6 ほか多数
◇ 典礼との
関わり
ミサ「アニュス・デイ」(平和の賛歌)
◆ 図像的特徴
十字架旗を持つ子羊 後光の子羊 七つの封印のある巻物 傷口から血を流す子羊 パラダイスの四つの川
※「神の子羊」という呼び名は、福音書の中で洗礼者ヨハネがイエスを指してそう呼んだ場面に由来します(ヨハネによる福音書1章29節)。以来キリスト教美術において最も古く、最も広く用いられてきたシンボルのひとつです。
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Origin / 由来・語源

「神の子羊」を表すラテン語 Agnus Dei は、agnus(子羊)と Dei(神の)を組み合わせた言葉です。この呼び名の直接の由来は、ヨハネによる福音書1章で、洗礼者ヨハネが自分のもとに来るイエスを見て、そう呼んだとされる場面にあります。以後この一言は、キリストの本質を語る称号として初代教会に広く受け入れられていきました。

この呼び名の背景には、旧約聖書に連なる二つの子羊のイメージがあります。ひとつは出エジプト記に記される過越の子羊で、その血を鴨居に塗った家だけが災いを免れたという故事です。もうひとつはイザヤ書53章の「苦難の僕」の預言で、屠り場に引かれる子羊のように黙して苦しみを受ける僕の姿が描かれています。初代教会は、この二つの子羊の物語をキリストの十字架の死と重ね合わせて理解しました。

Meaning / 聖書的・神学的な意味

神の子羊が第一に表すのは、罪を贖う犠牲としてのキリストです。使徒パウロは「私たちの過越の子羊であるキリスト」と書き記しており(コリントの信徒への手紙一5章)、過越の子羊の血によって民が救われたように、キリストの犠牲によって人々の罪が贖われるという理解が、初代教会の信仰の中心に据えられました。

もう一つの重要な側面は、ヨハネの黙示録に描かれる勝利の子羊です。屠られた姿でありながら生きて立ち、封印された巻物を開くにふさわしい者として崇められるこの子羊は、死を経て復活したキリストの勝利を象徴します。キリスト教美術で子羊がしばしば十字の付いた旗(勝利旗)を携えて描かれるのは、この復活と勝利の意味を強調するためです。またミサの中で唱えられる「アニュス・デイ(平和の賛歌)」は、この子羊への呼びかけを通じて、赦しと平和を願う祈りとして今日も受け継がれています。

History / 歴史的背景

子羊の図像は、2〜4世紀のローマの地下墓所(カタコンベ)の壁画にすでに見られ、キリスト教美術における最古のモチーフのひとつに数えられます。プリスキラのカタコンベなどに残る初期の作例に始まり、5〜6世紀にはラヴェンナのサン・ヴィターレ聖堂やサンタポリナーレ・イン・クラッセ聖堂のモザイクで、十二使徒を表す十二頭の羊と、楽園から流れ出る四つの川に囲まれた子羊という、より発展した図像が確立されていきました。

692年、東方教会のトルッロ公会議(第二トルッロ公会議)は、キリストを子羊の姿ではなく人の姿で描くことを定め(規定第82条)、これ以降東方の聖像美術では子羊による直接的な表現が控えられるようになります。一方、西方教会では中世以降も子羊の図像は豊かに描かれ続け、ヤン・ファン・エイクの「神秘の子羊の礼拝」(1432年、ゲントの祭壇画)はその代表的な到達点として知られています。中世には教皇によって祝別された蠟製の「アニュス・デイ」メダイヨンが子羊の刻印とともに信徒に配られ、身を守る信心具として大切にされました。今日ロザリオやメダイに子羊の意匠が用いられ続けているのも、この長い伝統の延長線上にあります。

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