聖人

聖レイモンド・デ・ペニャフォルト

ライムンドゥス・デ・ペナフォルテ/ラモン・ド・ペニャフォール/ペニャフォルの聖ライムンド/教会法の父
Saint Raymond de Penafort(仏)/ Saint Raymond of Penyafort(英)/ Raimundus de Pennaforti(羅)
◆ 年代 1175年頃〜1275年1月6日(享年約100歳)
◇ 出身地 ペニャフォルト近郊(現スペイン、カタルーニャ州)
◆ 祝日 1月7日
◇ 守護分野 法律家・教会法律家・司法関係者・バルセロナ・医療記録管理者
◆ シンボル
帆(修道服を帆にした奇跡) 書物・法典 ドミニコ会の修道服 鍵(天の鍵)
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Life / 生涯

1175年頃、スペイン・カタルーニャの貴族の家に生まれました。20歳にしてバルセロナで哲学・修辞学の教授となり、その後ボローニャ大学で教会法の博士号を取得。教授として法学を教えながら、41歳でドミニコ会に入会します。入会後は告解者と道徳家のための実践的な事例集「罪の総覧(Summa de Casuum)」を著し、中世教会の告悔制度の整備に大きく貢献しました。

グレゴリウス9世教皇の個人告解師として呼び寄せられ、複雑に錯綜していた教会法令の整理編纂を命じられます。膨大な量の教令を体系的にまとめた「グレゴリウス教令集」は1234年に完成し、1917年まで約700年にわたり教会法の基礎として機能しました。「教会法の父」と呼ばれる所以です。ドミニコ会の第3代総長に選ばれると、全ヨーロッパを徒歩で巡回し会憲を整備。さらにイスラム教徒・ユダヤ教徒との対話のため、ムルシアとチュニスにヘブライ語・アラビア語の学校を創設しました。1275年1月6日、バルセロナにて約100歳で平和のうちに帰天しました。

Episode / エピソード・伝承

最も有名な伝説は「マジョルカ島からの帰還」です。イスラム教徒への宣教後にマジョルカ島に滞在していたレイモンドは、帰国のための船を求めましたが、当時の国王ハイメ1世が彼の滞在を延長させようと船長に圧力をかけて断られてしまいます。するとレイモンドは自分の修道服を水面に広げ、それを帆と舟代わりにしてバルセロナまで海上を渡ったと伝えられています。この奇跡の場面は多くの絵画に描かれ、彼の図像における最大の特徴となっています。

列聖は1601年、教皇クレメンス8世によって行われました。遺骸はバルセロナ大聖堂に安置されており、葬儀の際に多くの奇跡が起きたと伝えられています。その穏やかで思慮深い人柄と対話を重んじる姿勢は、「優しさは攻撃的な文化においてなかなか美徳として認められないが、その力は計り知れない」という言葉に表れています。

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