聖ポリュカルポス - The Sacred Secret
聖人

聖ポリュカルポス

スミルナのポリカルポス/使徒後期教父
Saint Polycarpe de Smyrne(仏)/ Saint Polycarp of Smyrna(英)/ Polycarpus Smyrnensis(羅)
◆ 年代 69〜70年頃〜155年2月23日(享年約86歳)
◇ 出身地 スミルナ(現トルコ・イズミル)
◆ 祝日 2月23日
◇ 守護分野 耳の病・スミルナ教会
◆ シンボル
炎(火刑の奇跡) パリウム(司教の肩衣) 書物(フィリピへの手紙) 棕櫚の枝(殉教)
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Life / 生涯

69年頃、現在のトルコ・イズミル(スミルナ)に生まれました。幼くして孤児となりましたが、信仰深い未亡人に引き取られて育てられます。使徒ヨハネの直弟子として長年にわたり学び、ヨハネによってスミルナ司教に任命されました。「使徒後期教父(Apostolic Father)」の一人として、ローマのクレメンスやアンティオキアのイグナティオスと並ぶ初期キリスト教の三大指導者の一人です。70年以上にわたりスミルナの司教として活動し、グノーシス派やマルキオン主義などの異端に対して使徒から受け継いだ正統信仰を断固として守り続けました。

晩年にはローマ教皇アニケトスを訪問し、復活祭の日付問題について話し合いましたが合意には至らず、互いの慣行を尊重して対話を続けることになりました。155年頃、スミルナで反キリスト教暴動が起き、ポリュカルポスは逮捕されます。総督アントニヌス・ピウスの前で「キリストを呪え、そうすれば釈放する」と迫られると「私は86年間彼に仕えてきたが、一度も傷つけられたことがない。どうして私の王を呪うことができようか」と答えました。火刑に処せられましたが炎は彼を傷つけず、最終的に剣で刺されて155年2月23日に殉教しました。

Episode / エピソード・伝承

「ポリュカルポスの殉教録(Martyrium Polycarpi)」は新約聖書以外で現存する最古の殉教記録文書の一つです。この文書にはスミルナの教会からアジア各地の教会に宛てた目撃者の手紙という形で殉教の詳細が記されており、初代キリスト教における聖人崇敬と聖遺物崇拝の起源を知る上でも貴重な史料です。文書の末尾には「毎年彼の殉教した日に喜びをもってその記念を祝うことにした」とあり、これが「聖人の日」という概念の最初の記録とされています。

ポリュカルポスの弟子には後のリヨン司教聖イレナエウスがいます。イレナエウスは師の記憶を生き生きと伝えており「彼がどこに座って説教したか、どのように歩いていたか、どんな外見だったか、聖ヨハネとどのような話をしていたかまで覚えている」と記しています。この証言によって、イエス→ヨハネ→ポリュカルポス→イレナエウスという信仰継承の連鎖が目に見える形で残されています。

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