聖人

聖キリアン

キリアン/キリャン
Saint Kilian(英)/ Sankt Kilian(独)/ Sanctus Kilianus(羅)
◆ 年代640年頃〜689年7月8日頃
◇ 出身地アイルランド
◆ 祝日7月8日
◇ 守護分野フランケン地方(ドイツ)、ヴュルツブルク市、パーダーボルン(ドイツ)、トゥーオイスト(アイルランド・ケリー州)、リウマチ・痛風の患者、左官・ペンキ職人(whitewashers)
◆ シンボル
司教冠と司教杖剣(殉教)ヴュルツブルク大聖堂
画像準備中 - Image Coming Soon

 

Life / 生涯

聖キリアンは640年頃アイルランドに生まれた修道士・司教・殉教者です。アイルランド修道士の宣教熱に突き動かされ、コルマンとトトナンという2人の仲間と共に大陸へ渡り、686年頃フランケン地方(現在のドイツ・バイエルン州ヴュルツブルク周辺)にたどり着きました。当時この地域はフランク族が支配しており、キリスト教が広まりつつありましたが、完全ではありませんでした。キリアンは教皇コノン(または後継者)からヴュルツブルク司教区の司教に任命されたともいわれています。

キリアンはフランケン公ゴスベルト(Gozbert)とその民への宣教に成功しましたが、一つの問題がありました。ゴスベルトは兄の妻グレーダ(Geila)と結婚しており、キリアンはこれが教会法に反すると諫めました。この勇敢な指摘が彼の命を奪うことになります。688年または689年、ゴスベルトの不在中にグレーダに命じられた刺客によって、キリアンとコルマン、トトナンの3人はヴュルツブルクで殺害されました。

Episode / エピソード・伝承

殉教後、キリアンたちの遺骨は密かに埋葬されましたが、やがて発見されて崇敬を集めるようになりました。788年にはカール大帝(シャルルマーニュ)の指示でヴュルツブルク大聖堂に移葬され、フランケン地方の守護聖人として盛大に崇められるようになりました。現在のヴュルツブルク大聖堂(聖キリアン大聖堂)は彼の名を冠しており、毎年7月8日を中心に「キリアニ祭り(Kiliani-Volksfest)」が開催されます。

聖キリアンはアイルランドからヨーロッパに渡った「巡礼宣教者」の一人として、聖コルンバヌス、聖ガル、聖ヴィリブロルドらと並び、中世ヨーロッパのキリスト教化に貢献したアイルランドの聖人群を代表する存在です。ヴュルツブルクはフランケン地方の信仰の中心地として今日も多くの巡礼者を迎え、聖キリアンの霊的遺産を大切に守り続けています。

PICK UP ITEMピックアップ商品

もっと見る
  • メダイのサイズ保管方法

最近チェックした商品

最近チェックした商品はまだありません。