教皇聖レオ1世(大教皇) - The Sacred Secret
聖人

教皇聖レオ1世(大教皇)

レオ1世/レオ大教皇
San Leone I(伊)/ Saint Leo the Great(英)/ Sanctus Leo Magnus(羅)
◆ 年代400年頃〜461年11月10日
◇ 出身地イタリア・トスカーナ地方(推定)
◆ 祝日11月10日
◇ 守護分野カトリック教会の普遍的一致、教皇権の擁護者
◆ シンボル
教皇冠と杖巻物(トメの書翰)ライオン(名前の象徴)
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Life / 生涯

聖レオ1世は5世紀前半のイタリア出身の聖職者で、440年に第45代教皇に選出されました。「大教皇(Magnus)」の称号を持つ教皇はわずか3人のみであり、レオはその一人です(他はグレゴリウス1世とニコラウス1世)。教皇としての在任中(440年〜461年)、キリスト教の正統信仰の確立に大きく貢献しました。特に451年のカルケドン公会議において採択された「トメ(Tomus ad Flavianum)」と呼ばれる書翰は、キリストの神性と人性の関係について「一人格・二本性」という正統的教義を定式化したもので、教義史上きわめて重要な文書です。

またレオ1世はロマの侵入(455年)や、特にアッティラ率いるフン族(452年)の進軍においても教皇として果敢に外交に当たりました。その生涯を通じて残した説教・書翰・教義文書は膨大な量にのぼり、1754年に教皇ベネディクトゥス14世により「教会博士」に認定されています。461年11月10日に帰天しました。

Episode / エピソード・伝承

アッティラ・フン族がイタリアに侵入しローマに迫った452年、レオ1世は皇帝ウァレンティニアヌス3世の使節として和平交渉に乗り出し、マントヴァ近郊でアッティラと会見しました。驚くべきことにアッティラはその後引き返し、ローマは難を逃れました。アッティラが引き返した理由について、「レオの背後に武装した二人の人物が立っていた(聖ペトロと聖パウロという説もある)」という伝承が残っています。

455年にはヴァンダル族によるローマ略奪を完全には防げませんでしたが、レオの交渉によって殺戮と放火は避けられたとされます。政治的・宗教的危機の中でも一貫して教会の正統信仰と秩序を守り抜いたレオ1世の姿は、「ペトロの後継者としての教皇権」の確立を象徴するものとして、中世カトリック教会の基礎を築きました。

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