聖人
教皇

聖ヨハネ・パウロ2世

ヨハネス・パウルス2世/カロル・ヴォイティワ
San Giovanni Paolo II(伊)/ Saint John Paul II(英)/ Sanctus Ioannes Paulus II(羅)
◆ 年代1920年5月18日 - 2005年4月2日
◇ 出身地ポーランド・ワドヴィツェ
◆ 祝日10月22日
◇ 守護分野ポーランド、世界青年の日、家族、新しい福音宣教
◆ シンボル
白い法衣教皇冠十字架の杖ロザリオ
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Life / 生涯

カロル・ユゼフ・ヴォイティワは1920年5月18日、ポーランドのワドヴィツェに生まれた。第二次世界大戦中はナチス占領下でクラクフの神学校に通い、1946年に司祭叙階。1958年に司教、1964年にクラクフ大司教、1967年に枢機卿に任命された。

1978年10月16日、264代ローマ教皇に選出され「ヨハネ・パウロ2世」を名乗った。455年ぶりの非イタリア人教皇であり、初のスラブ系教皇でもあった。26年以上の在位期間中、129か国を訪問し「空飛ぶ教皇」と呼ばれた。1981年2月には教皇として初めて日本を訪問した。

1981年5月13日、サンピエトロ広場で銃撃され重傷を負ったが奇跡的に生還し、後に暗殺者を赦した。共産主義陣営の崩壊、東西冷戦の終結に果たした役割でも知られ、ポーランドの「連帯」運動を精神的に支えた。2005年4月2日に帰天。2011年に列福、2014年4月27日に教皇フランシスコによって列聖された。

Episode / エピソード・伝承

「恐れてはならない、心を開け、キリストのために開け!」- 教皇就任直後の有名な言葉は、冷戦下の世界に希望の光を投じた。銃撃後、犯人であるメフメト・アリ・アジャをローマの刑務所に訪ね、手を握って個人的に赦した場面は世界に大きな感動を与えた。

ファティマの聖母への強い崇敬で知られ、1981年5月13日の銃撃日がファティマの聖母出現記念日(5月13日)と同じであることに深い意味を見出した。生涯を通じてマリア信仰を大切にし、その紋章には「Totus Tuus(あなたのものすべて)」という言葉が刻まれていた。

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