聖人

聖セバスティアヌス

セバスチャン/セバスティアン
Saint Sebastien(仏)/ Saint Sebastian(英)/ Sebastianus(羅)
◆ 年代 3世紀末(没年288年頃)
◇ 出身地 ガリア・ナルボネンシス(現フランス南部)またはミラノ(現イタリア)
◆ 祝日 1月20日
◇ 守護分野 兵士・弓師・スポーツ選手・警察官・疫病(ペスト)除け
◆ シンボル
矢(複数) 柱・木(縛られた姿) 棕櫚の枝(殉教) 鎧・剣(兵士)
聖セバスティアヌス

Aegidius Sadeler (II) (after Jacopo Palma), Heilige Sebastiaan, 1580-1629
Rijksmuseum, Amsterdam. Public domain.

Life / 生涯

3世紀後半、ローマ帝国でディオクレティアヌス帝とマクシミアヌス帝に仕えた近衛兵(プラエトリアニ)の隊長でした。秘密のキリスト教徒であったセバスティアヌスは、その地位を活かして投獄されたキリスト教徒たちをひそかに励まし、多くの人々に信仰の手助けをしていました。双子の兄弟マルキノとマルコが信仰を棄てようとしていたとき、セバスティアヌスの言葉で翻意し殉教を受け入れます。その奇跡の噂を聞いたローマの長官クロマティウスは重病を癒され回心、家族全員ともどもキリスト教に入信しました。

信仰が発覚するとディオクレティアヌス帝はセバスティアヌスを木柱に縛りつけ、弓兵たちに矢を射かけさせます。全身を矢で貫かれたセバスティアヌスは死んだものと思われましたが、聖イレネが遺体を引き取りに来たとき、まだ生きていることに気づきます。手厚く看護されて回復したセバスティアヌスは、逃げるどころか再び皇帝の前に現れて信仰を公言しました。激怒した皇帝は今度は棍棒で打ち殺すよう命じ、セバスティアヌスはこうして二度目の殉教を遂げます。遺体はローマのカリスト地下墓地に埋葬されました。

Episode / エピソード・伝承

中世ヨーロッパで猛威を振るったペスト(黒死病)は「矢で射られるような突然の死」と表現されたことから、矢を受けながらも生き延びた聖セバスティアヌスがペストよけの守護聖人として広く信仰されるようになりました。680年のローマ、1575年のミラノ、1599年のリスボンでのペストの際に彼への祈願による奇跡が記録されています。

矢を全身に受けながらも超然とした美しい表情を保つ若者の姿は、ルネサンス・バロック期の画家たちに最も愛されたテーマの一つです。マンテーニャ、ボッティチェッリ、ペルジーノ、エル・グレコ、グイド・レーニなど数多の巨匠が描いており、「美術作品で最も多く描かれた聖人」の一人として知られています。682年頃のモザイク画では彼は髭を生やした壮年の宮廷服姿で描かれており、「若者に矢」という図像はルネサンス以降に確立されたものです。

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