聖ベーダ尊者 - The Sacred Secret
聖人

聖ベーダ尊者

ベーダ尊者/ベーダ・ヴェネラビリス/聖ビード
Saint Bede the Venerable(英)/ Beda Venerabilis(羅)
◆ 年代672年/673年頃 - 735年5月25日(26日)
◇ 出身地モンクウェアマス(ノーサンブリア・イングランド)
◆ 祝日5月25日
◇ 守護分野学者、歴史家、教会博士
◆ シンボル
書物・写本 ペン 修道服
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Life / 生涯

ベーダは672年頃、イングランド北東部ノーサンブリア王国に生まれました。7歳のとき修道院に入り、モンクウェアマスとジャーロウの双子修道院で生涯の大部分を過ごしました。686年に修道院を壊滅させた疫病を生き延びた数少ない者の一人で、19歳で助祭、30歳で司祭に叙階されました。

ベーダの生涯は祈り・ミサ・聖務日課・執筆の連続でした。60冊を超える著作を残し、その大半は聖書注解ですが、科学・音楽・詩・暦学・歴史にも及びます。なかでも「英国民の教会史(Historia Ecclesiastica Gentis Anglorum)」(731年完成)は、アングロ・サクソン民族のキリスト教化の歴史を記した傑作で、今日も一級の史料として参照されます。彼は「西暦(Anno Domini)」の計算法を普及させ、現在も世界中で使われる年代表記の基礎を定めた人物でもあります。

735年5月25日(一説に26日)、昇天祭の日に「栄光唱(グローリア)」を口ずさみながら安らかに帰天しました。ダラム大聖堂のガリラヤ礼拝堂に葬られた彼の墓は現在も巡礼者を集めています。1899年に教皇レオ13世によって列聖・教会博士に認定されたとき、英国出身者としては初(2025年にジョン・ヘンリー・ニューマンが第2号となるまで唯一)でした。

Episode / エピソード・伝承

ベーダの死は弟子クスバートによって感動的な書簡に記録されています。最後の日、重篤なベーダは弟子に口述筆記を続けさせ、「書き続けてください、まだ終わっていない」と促し続けました。ウィルバートという少年の「最後の文章を書き終えました」という報告を聞くと、「よくできた」と言い、「栄光は父と子と聖霊に」と唱えながら床に横たわり息を引き取ったと伝えられています。

「学ぶこと、教えること、書くこと、これが私の喜びでした」というベーダ自身の言葉は、信仰と知識探求を一体のものとして生きた修道士の姿を端的に示しています。ダンテの『神曲』天国篇にも彼の名が登場し、中世ヨーロッパ最高の学者の一人として称えられました。

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