聖アンニーバレ・マリア・ディ・フランチア - The Sacred Secret
聖人

聖アンニーバレ・マリア・ディ・フランチア

アンニーバレ・マリア・ディ・フランチア/ハンニバル・マリー・ディ・フランチア
Sant'Annibale Maria di Francia(伊)/ Saint Hannibal Mary di Francia(英)/ Sanctus Hannibal Maria di Francia(羅)
◆ 年代1851年7月5日 - 1927年6月1日
◇ 出身地メッシーナ(シチリア島・イタリア)
◆ 祝日6月1日
◇ 守護分野聖召・聖職者志望者のための祈り、孤児、貧困者
◆ シンボル
聖書(マタイ9:38) 子どもたち 修道服
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Life / 生涯

アンニーバレ・マリア・ディ・フランチアは1851年7月5日、シチリア島メッシーナで騎士・海軍名誉大尉であった父フランチェスコの家に生まれました。父は彼が生後15か月のときに他界しましたが、アンニーバレは恵まれた教育を受けました。17歳のとき聖体礼拝中に「収穫は多いが、働き手が少ない。だから収穫の主に、働き手を遣わしてくださるように願え」(マタイ9:37-38)という聖句で霊的な光を受け、生涯の使命を感じました。

1878年3月16日に司祭叙階を受けた後、すぐにメッシーナで最も貧しいアヴィニョーネ地区に移り住み、貧困者・孤児・身体障害者のための施設づくりに着手しました。1882年には「アントニオの孤児院」を創設し、その後も修道者・修道女の会を相次いで設立。1897年に「聖イエスの心のロガシオン修道会(ロガシオニスト)」を、1887年には「神の摂理の娘たち(神の熱心の娘たち)」を創設しました。これらの会は今も5大陸で活動を続けています。

アンニーバレはカトリック司牧者として、「聖召のための祈り(ロガテ - 働き手を求める祈り)」の普及を生涯の柱としました。1908年のメッシーナ大地震でも13名の修道女が殉死しながら活動を続け、復興支援に力を尽くしました。1927年6月1日、メッシーナで帰天。1990年に福者、2004年5月16日に列聖されました。

Episode / エピソード・伝承

アンニーバレは生前から「聖人」と呼ばれていました。メッシーナ司教は後に「あの方は身分や境遇を問わずすべての人から聖人と見なされていた」と証言しています。帰天の直前、聖母マリアが枕元に現れて「私はあなたを守ります」と告げたという証言も残されています。

彼が育て指導した霊的な弟子の一人が、神の聖意の神秘家として知られるルイーザ・ピッカレッタです。アンニーバレは彼女の長年にわたる告白司祭・霊的指導者を務め、その著作の出版を後押ししました。列聖説教において教皇ヨハネ・パウロ2世は「使徒的な霊の燃える証人」と彼を讃えました。

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