教皇聖エウゲニウス1世 - The Sacred Secret
聖人
教皇

教皇聖エウゲニウス1世

エウゲニウス1世/ユゲニウス1世
Saint Eugene I(英)/ Sanctus Eugenius I(羅)
◆ 年代生年不詳 - 657年6月2日
◇ 出身地ローマ(アヴェンティーノ地区)
◆ 祝日6月2日
◇ 守護分野サンタ・ローザ教区(カリフォルニア州)の守護
◆ シンボル
教皇冠(ティアラ) 司教座 十字架
画像準備中 - Image Coming Soon

Life / 生涯

エウゲニウス1世はローマのアヴェンティーノ地区に生まれ、幼少期から教会に奉仕する聖職者として育ちました。温厚な人柄と高い霊的評判によって広く知られており、654年8月10日に、コンスタンティウス2世帝によって追放・流刑に処されていた先代教皇マルティヌス1世(まだ存命)の後任として選出されました。当初ローマ市民の間では皇帝の傀儡と見なされましたが、エウゲニウスはその期待を裏切りました。

最大の試練は単意論(モノテレティスム)をめぐる問題でした。皇帝コンスタンティウス2世はキリストに一つの意志しかないとする異端的な神学を強制しようとしていましたが、エウゲニウスはこれを拒否しました。コンスタンティノープル総大主教ペトロスから届いた曖昧な書簡の朗読を聞いたサンタ・マリア・マッジョーレ教会の会衆は、書簡を完全拒否するよう教皇に直訴し、エウゲニウスもその求めに応えました。皇帝からは「先代マルティヌスと同じ目に遭わせる」という脅しを受けましたが、イスラム軍との戦いで東方に手が回らなかったため実行されませんでした。657年6月2日、エウゲニウスは自然死によって帰天し、サン・ピエトロ大聖堂に埋葬されました。

Episode / エピソード・伝承

エウゲニウスの在位(654-657年)は3年に満たない短いものでしたが、その間に21名の司教を叙階したことが記録されています。またイングランドから学問を深めるためにローマを訪れたウィルフリッド(後のヨーク大司教)と面会し、手を頭に置いて祝福を与えたというエピソードがベーダの「英国民の教会史」に記されており、東方・西方双方の教会との接点をもった教皇として記憶されています。

「先代マルティヌスのように焼き殺すぞ」という皇帝の脅しに屈しなかった姿は、信仰と正統教義のために圧力に抗した殉道者的な精神として評価されています。彼の列聖は正式な手続きによるものではなく、初期教会の聖人としての自然発生的な崇敬によるものです。

PICK UP ITEMピックアップ商品

もっと見る
  • メダイのサイズ保管方法

最近チェックした商品

最近チェックした商品はまだありません。