聖母

勝利の聖母・ロザリオの聖母

至聖なるロザリオの聖母
Our Lady of Victory / Our Lady of the Rosary(英)/ Sancta Maria de Victoria / Sancta Maria Rosarii(羅)
※「勝利の聖母」と「ロザリオの聖母」は同一の崇敬に由来する称号です。1571年のレパントの海戦での勝利を記念してピウス5世が「勝利の聖母」の祝日を定め、後にグレゴリウス13世が「ロザリオの聖母」と改称しました。現在のカトリック典礼暦では10月7日に「ロザリオの聖母」として記念します。
◆ 年代1571年(レパントの海戦)/ 1573年(祝日制定)
◇ 出身地ロザリオの聖母崇敬の起源はドミニコ会(15世紀)
◆ 祝日10月7日
◇ 守護分野ロザリオの祈り、平和、キリスト教世界の守護
◆ シンボル
ロザリオ 白いバラ 冠をいただく聖母 艦船(レパントの記念)
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Life / 崇敬の歴史

1571年10月7日、地中海のレパント(現ギリシャ・ナフパクトス)沖でキリスト教連合艦隊(スペイン・ヴェネツィア・ローマ教皇庁など)とオスマン帝国艦隊が激突しました。教皇ピウス5世は開戦前にヨーロッパ中のカトリック信者にロザリオを祈るよう呼びかけ、自身もバチカンで激しく祈り続けました。結果としてキリスト教連合側が大勝利を収め、ピウス5世はこれをマリアのとりなしによる奇跡と確信しました。

翌1572年、教皇は10月第1日曜日を「勝利の聖母(Santa Maria della Vittoria)」の祝日と宣言しました。1573年にはグレゴリウス13世がこれを「ロザリオの聖母(Santa Maria del Rosario)」と改称し、ドミニコ会の教会を持つ都市のみの祝日としました。その後クレメンス11世が1716年にハンガリーでのオスマン軍への勝利を記念してこの祝日を普遍教会全体に拡大し、ピウス10世(1913年)が10月7日として固定しました。

「勝利」の意味は、軍事的な勝利よりも「真理と愛の勝利」「平和への祈り」として現代では理解されており、教皇ヨハネ・パウロ2世はファティマの聖母崇敬と結びつけながら世界平和のためのロザリオを強く勧めました。

Episode / エピソード・伝承

ピウス5世が祈っている最中に「キリスト教連合艦隊が勝利した!」とのヴィジョンを見て侍従たちに宣言し、数日後に実際の報告が届いた際には誰もが驚いたという伝承が残っています。レパントの海戦はヨーロッパ史における転換点の一つとされており、ミゲル・デ・セルバンテス(「ドン・キホーテ」の著者)もこの戦いに参加して負傷した一人です。

ロザリオの祈りはもともとラテン語を読めない一般信者が聖務日課(詩篇150篇)の代わりに祈るものとして広まりました。ドミニコ会の伝承では聖ドミニコが聖母から授かったとされますが、実際には12世紀から15世紀にかけて徐々に現在の形に発展した祈りです。現在のロザリオは「喜びの玄義」「光の玄義」「苦しみの玄義」「栄えの玄義」の4組からなり、教皇ヨハネ・パウロ2世が2002年に光の玄義を追加しました。

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