ノーサンブリアの聖エドウィン - The Sacred Secret
聖人

ノーサンブリアの聖エドウィン

エドウィン・オブ・ノーサンブリア
Saint Edwin of Northumbria(英)/ Sanctus Eadwinus(羅)
◆ 年代586年頃 - 633年10月12日
◇ 出身地デイラ(ノーサンブリア王国・イングランド北東部)
◆ 祝日10月12日
◇ 守護分野改宗者、ホームレス・浮浪者、王、大家族の親、ヨーク、ノーサンブリア
◆ シンボル
王冠と十字架 剣(殉教) 鷲(王権の象徴)
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Life / 生涯

エドウィンはデイラ(現ヨークシャー)の王家に生まれ、王位を争うなかで長年亡命生活を余儀なくされましたが、616年頃にノーサンブリア王国(デイラとバーニシアを統合した北英の大国)の王となりました。治世初期は異教徒の王でしたが、カンタベリー大司教ユスティヌスが遣わした司教パウリヌスのはたらきかけを受け、また妻である信仰篤いケント王の娘エゼルバーガの影響もあり、長い内的葛藤の末に627年のイースターにヨークでパウリヌスから洗礼を受けました。

エドウィンは洗礼後、王国内でのキリスト教の普及に力を尽くし、ヨーク大聖堂の前身となる木造の礼拝堂を建設し始めました。ベーダの「英国民の教会史」はエドウィンを「ブリテン諸島の王の中でも群を抜いて強大な者」と描写し、その治世の平和を賞賛しています。しかし633年10月12日、マーシアとウェールズの連合軍との戦い(ハットフィールド・チェイスの戦い)で戦死し殉教者に数えられるようになりました。

Episode / エピソード・伝承

ベーダが記した著名な逸話があります。エドウィンが洗礼を受けるべきか迷っていたとき、彼の顧問の一人が「人間の一生は暗い冬の夜に暖かい宴会場を一羽のスズメが通り抜けるようなもの。一瞬の暖かさの前後には漆黒の闇がある。もしこの新しい教えがより確かな知識をもたらすなら、従う価値がある」と語った、というものです。この「スズメのたとえ」はベーダの時代から現代に至るまでイングランド文学・哲学の中で繰り返し引用されています。

エドウィンの首はヨークに持ち帰られて大聖堂に祀られ、その胴体はウィットビー修道院に埋葬されたと伝えられます。ウィットビーの聖ヒルダがエドウィンの甥の子孫であったことも、ノーサンブリアのキリスト教化という大きな流れの中で記憶されています。

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