聖マラキ・オモーゲーア - The Sacred Secret
聖人

聖マラキ・オモーゲーア

マラキ・オモーゲーア/マラキアス・オモルガイル
Saint Malachy of Armagh(英)/ Mael Maedoc Ua Morgair(ゲール語)/ Sanctus Malachias(羅)
◆ 年代1094年頃 - 1148年11月2日
◇ 出身地アーマー(アイルランド)
◆ 祝日11月3日
◇ 守護分野アイルランドの教会改革、アーマー大司教区
◆ シンボル
司教冠と十字架 シトー会修道服 書物(予言書)
画像準備中 - Image Coming Soon

Life / 生涯

マラキ(本名マール・マエドク・ウア・モルガイル)は1094年頃、アイルランド北部のアーマーに生まれました。幼くして孤児となり、アーマーの著名な学者コルク・オッカラインのもとで学びました。その後アーマーの大司教ケレスト1世に師事して神学を深め、リズモーで修道生活を経験。さらにアルスターのカンザ修道院長マラキウス・オ・ハンウレナのもとでケルト系修道生活の伝統を学び、1123年にコーナー司教、1132年にアーマー大司教に任命されました。

マラキの最大の功績はアイルランドの教会改革です。長年にわたるケルト的慣行(世俗的司教職の世襲、典礼の不統一、ローマとの乖離)を是正し、ローマの典礼・教会法・秘跡の実践をアイルランド全土に普及させました。1139年に教皇インノケンティウス2世のもとへローマを訪れた際、クレルヴォーのベルナルドゥス(ベルナール)と出会い深い友情を結びました。以後マラキはシトー会をアイルランドに導入することを夢見ましたが、実現前に1148年11月2日、クレルヴォーに向かう途上で帰天し、ベルナルドゥスの腕の中で息を引き取ったと伝えられます。1190年に列聖。アイルランド人として初めて教皇庁によって正式に列聖された聖人です。

Episode / エピソード・伝承

マラキには「教皇の予言(Prophetia Sancti Malachiae)」と呼ばれる文書が帰属されていますが、これは16世紀(1590年)に突然現れた偽典であり、マラキ本人の著作とは認められていません。本物のマラキを記録した資料はクレルヴォーのベルナルドゥスが書いた伝記で、奇跡・癒し・霊的な洞察について詳しく述べています。

ベルナルドゥスはマラキを「天使のような人物」と呼び、「彼の前では黙ることができなかった。神について語るとき、その言葉は炎のように聞こえた」と記しています。クレルヴォーで迎えた死の際、彼が「万聖節(11月1日)のミサを捧げ、翌日(11月2日)に逝きたい」と望んでいたことが成就したとされています。

PICK UP ITEMピックアップ商品

もっと見る
  • メダイのサイズ保管方法

最近チェックした商品

最近チェックした商品はまだありません。