聖トマス・ベケット - The Sacred Secret
聖人

聖トマス・ベケット

トマス・ア・ベケット/カンタベリーの聖トマス
Saint Thomas Becket(英)/ Thomas of Canterbury(英)/ Sanctus Thomas Cantuariensis(羅)
◆ 年代1119年12月21日 - 1170年12月29日
◇ 出身地ロンドン(チープサイド)
◆ 祝日12月29日
◇ 守護分野在俗聖職者、エクセター・カレッジ(オックスフォード大学)、カンタベリー大聖堂、ポーツマス
◆ シンボル
剣(頭部への致命傷) 大司教の十字架 破れた大司教冠
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Life / 生涯

トマス・ベケットは1119年頃、ロンドンのノルマン系商人の家に生まれました。ボローニャとオーセールで法律を学び、カンタベリー大司教テオバルドの秘書官として才能を発揮、1154年にはヘンリー2世の宰相に任命されました。王の信頼を一身に受けた宰相として華やかな生活を送りましたが、1162年に大司教に任命されるや生活を一変させ、徹底した修道的生活と教会の自由の擁護に転じました。

国王ヘンリー2世との衝突の核心は、聖職者が世俗の裁判所で裁かれるかどうかをめぐる問題(クラレンドン憲章、1164年)でした。トマスはローマ教皇の承認なしに国王の条文に署名することを拒み、1164年にフランスへ亡命。6年間の亡命後の1170年に帰国しましたが、カンタベリー大聖堂での交渉は決裂したまま続き、同年12月29日の夕方、ヘンリー2世の言葉に影響された4人の騎士たちが大聖堂の祭壇前でトマスを刺殺しました。

殺害からわずか3年後の1173年に教皇アレクサンデル3世によって列聖。ヘンリー2世はカンタベリーまで巡礼して公開の鞭打ちの苦行を行いました。1220年にはカンタベリー大聖堂の聖堂内に壮麗な霊廟が建設され、中世最大の巡礼地のひとつとなりました(チョーサーの「カンタベリー物語」の舞台)。

Episode / エピソード・伝承

暗殺の直前、騎士たちがトマスを大聖堂の外に引き出そうとしたとき、彼は「私はここを去らない。神のために命を喜んで捧げる」と言い、剣が頭蓋骨を砕く瞬間に十字を切り「神の名のもとに、教会の自由のために」と叫んだと目撃者は証言しています。血で染まった石畳はすぐに奇跡の場として崇敬を集め、翌日には癒しの奇跡が報告され始めました。

ヘンリー8世の宗教改革中の1538年、霊廟は破壊され遺物は散逸させられましたが、トマスへの崇敬はカトリック世界で続き、現在もカンタベリーには彼を記念する燭台が置かれています。ジョン・ヒルトンの「聖トマスの嘆き」など彼を主題とした演劇・映画は現代も制作され続けています。

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