聖母

守護の聖母

ノートルダム・ド・ラ・ガルド/ボンヌ・メール(良き母)
Notre-Dame de la Garde(仏)/ Our Lady of the Guard(英)
◆ 年代礼拝堂の創建:1214年 / 現バシリカ:1864年完成
◇ 出身地マルセイユ(フランス・ブーシュ=デュ=ローヌ県)
◆ 祝日8月15日(聖母の被昇天に合わせた年祭・慣習的)
◇ 守護分野マルセイユ市の守護・航海者・漁師・水難救助
◆ シンボル
黄金の聖母像(塔頂部) 奉納模型船 ビザンティン=ロマネスク様式聖堂 「ボンヌ・メール」(良き母)
画像準備中 - Image Coming Soon

 

Life / 生涯

「守護の聖母(Notre-Dame de la Garde)」は、フランスの港湾都市マルセイユの守護聖母であり、市民から「ボンヌ・メール(良き母)」と親しみを込めて呼ばれています。マルセイユ市街中心部の標高162メートルの丘の頂上に、黄金の聖母像を頂くビザンティン=ロマネスク様式のバシリカが聳え立ち、地中海と港を一望する都市のシンボルとなっています。

信仰の起源は1214年、この丘に小さな礼拝堂が建てられたことに始まります。長年にわたり航海者や漁師たちの守護として崇敬を集め、現在のバシリカは1864年に完成しました。バシリカの内外には、航海の無事を感謝して奉納された多数の模型船・絵馬・感謝の銘板が飾られており、生還した船乗りたちの祈りと感謝の歴史を伝えています。

Episode / エピソード・伝承

第二次世界大戦中、マルセイユはドイツ軍の占領下に置かれ、1944年8月の解放戦闘でバシリカも砲撃を受けました。弾痕は今もバシリカの外壁に残され、戦争の記憶として保存されています。解放後の修復工事が完了したとき、市民たちは「ボンヌ・メールが街を守ってくれた」と感謝したと伝えられます。

今日も守護の聖母はマルセイユ最大の信仰の場であり、毎年数百万人の参拝者が訪れます。マルセイユのサッカーチーム「オリンピック・マルセイユ」の選手たちが試合前に聖母への祈りを捧げるという伝統もあり、スポーツと信仰が交差するこの聖地はマルセイユの精神的な心臓部となっています。

PICK UP ITEMピックアップ商品

もっと見る
  • メダイのサイズ保管方法

最近チェックした商品

最近チェックした商品はまだありません。