教皇ピウス12世 - The Sacred Secret
教皇

教皇ピウス12世

ピウス12世/エウジェニオ・マリア・ジュゼッペ・ジョヴァンニ・パチェッリ
Papa Pio XII(伊)/ Pope Pius XII(英)/ Pius PP. XII(羅)
※ 教皇ピウス12世はカトリック教会において列聖されていない教皇です。現在、福者認定の手続きが進行中です。本ページは教皇の偉大な業績を記録する伝記ページとして作成しています。
◆ 年代1876年3月2日 - 1958年10月9日(享年82歳)
◇ 出身地ローマ(イタリア)
◆ 在位1939年3月2日 - 1958年10月9日(第260代教皇)
◇ 主な業績被昇天教義定義・ムニフィケンティッシムス・デウス(1950年)
◆ シンボル
教皇冠 聖母被昇天の教義 外交(ヴァチカン外交の達人)
画像準備中 - Image Coming Soon

Life / 生涯

教皇ピウス12世(本名エウジェニオ・パチェッリ)は、1876年3月2日にローマの法律家の家庭に生まれました。幼少期から優秀な学生として知られ、1899年に司祭に叙階された後、外交官として頭角を現し、特にドイツ大使(ミュンヘンおよびベルリン)として重要な役割を果たしました。1930年には国務長官として、また1939年には第260代ローマ教皇として選出されました。その就任日は奇しくも自らの63歳の誕生日でした。

ピウス12世の在位期間は第二次世界大戦と重なっており、彼の対ナチス・ドイツへの姿勢については今日も歴史的論争が続いています。一方で多くのユダヤ人をヴァチカンや修道院に匿い救ったこと、外交チャンネルを通じた保護活動も文書によって確認されています。1950年に「聖母の被昇天(Assumptio Beatae Mariae Virginis)」を教義として定義したことは、近代カトリック神学史上もっとも重要な教義的宣言のひとつです。

Episode / エピソード・伝承

ピウス12世は1950年5月13日(ファティマ出現の記念日)に日の当たるヴァチカンの庭で「太陽の奇跡」を体験したと記録に残しており、ファティマのメッセージと聖母への崇敬に深い信心を持っていました。同年11月1日の「ムニフィケンティッシムス・デウス(最も寛大な神)」という使徒的憲章によって聖母被昇天を教義として定義したことは、近代以降に教皇が無謬性を行使した唯一の事例として、神学史に刻まれています。

アンティークのメダイ(1939〜1958年制作のもの)にはピウス12世の肖像を刻んだものが多く、特に聖年(1950年)記念のメダイが多く現存しています。彼の業績は今日もカトリック信者の間で深く尊ばれており、福者認定の手続きが続いています。

PICK UP ITEMピックアップ商品

もっと見る
  • メダイのサイズ保管方法

最近チェックした商品

最近チェックした商品はまだありません。