十字架

キリスト磔刑十字架

十字架にキリスト像を伴う信心具の様式
Crucifixus(羅)/ Crucifix(英・仏)
キリスト磔刑十字架
※ 十字架の形そのものに、磔にされたキリストの像(コルプス)を加えた様式。英語圏では「クルシフィクス」と呼ばれますが、日本ではあまり馴染みのない言葉のため、当店では「キリスト磔刑十字架」を主な表記としています。
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Origin / 由来・語源

クルシフィクス(Crucifix)は、ラテン語の動詞クルキフィゲレ(cruci figere、「十字架に固定する」)の過去分詞クルキフィクスス(crucifixus、「十字架に付けられた者」)に由来します。つまりこの語自体が、単なる十字の形ではなく「その上にキリストが付けられている状態」を指す言葉です。日本語ではこの音をそのまま「クルシフィクス」と表記することもありますが、なじみの薄い外来語であるため、当店では意味の通りやすい「キリスト磔刑十字架」という訳語を主に用いています。

十字架(クロス)とキリスト磔刑十字架(クルシフィクス)は、しばしば同じものとして扱われますが、厳密には別の概念です。前項のラテン十字で見た通り、十字そのものはコルプス(キリスト像)を伴わない「空の形」を指す言葉であり、そこに磔刑のキリスト像が加わって初めて、クルシフィクスと呼ばれる独立した様式になります。

Meaning / 聖書的・神学的な意味

ヨハネによる福音書19章19〜22節には、ピラトが十字架上のキリストの頭上に「ユダヤ人の王、ナザレのイエス」と記した罪状書きを掲げさせたとあり、これがクルシフィクスの多くに刻まれる「INRI」(ラテン語 Iesus Nazarenus Rex Iudaeorum の頭文字)の由来です。

キリスト磔刑十字架は、単に受難の出来事を史実として描くのではなく、見る者・祈る者がキリストの苦しみそのものを直接見つめ、自らの信仰と重ね合わせるための信心具として発展してきました。カトリック教会・正教会、そして一部のルター派がこの様式を重んじる一方、多くのプロテスタント諸派は、コルプスを伴わない「空の十字架」を好みます。これは、十字架上の死で物語が終わるのではなく、三日目の復活によって死に打ち勝ったキリストを強調したいという、教派ごとの信仰理解の違いを映しています。同じ「十字架」という出発点から、キリスト磔刑十字架と空の十字架という二つの表現が枝分かれしていったと言えるでしょう。

History / 歴史的背景

前項のラテン十字でも触れた通り、初期教会は磔刑という処刑方法そのものへの忌避感から、キリストの死を直接的に描くことを長く避けてきました。現存する最古の磔刑図像は、いずれも5世紀前半(420〜430年頃)に遡る、ローマのサンタ・サビーナ教会の木製扉の浮き彫りと、大英博物館が所蔵する象牙の小箱(マスケル・パッション・アイヴォリー)の側面装飾です。興味深いことに、これらの最初期のキリスト像は、目を開き、堂々と佇む「勝利のキリスト」として描かれており、後の時代に見られるような苦悶の表情はまだありません。

キリストを、頭を垂れ、傷つき、明らかに息絶えた姿として描く様式が現れるのは、驚くほど時代が下ってからのことです。10世紀後半、ケルンで制作された「ゲロの十字架像」がその最初期の例とされ、以後、中世を通じてこの「受難のキリスト」の表現は西方教会の主流となり、16世紀のグリューネヴァルトによるイーゼンハイム祭壇画のような、苦しみを極限まで写実的に描いた作品へとつながっていきます。あわせて、西方教会では彫像として立体的にコルプスを表現する伝統が発達した一方、正教会をはじめとする東方教会では、平面のイコンとして磔刑の場面を描く伝統が保たれ、彫像そのものへの信心はあまり広まりませんでした。今日、カトリックの家庭や信者が身につけるキリスト磔刑十字架の姿は、こうした千数百年にわたる図像の変遷の到達点にあります。

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