十字架

カンタベリー十字

下水工事で発掘された、アングロサクソン時代のブローチに由来する十字架
Canterbury Cross(英)/ Becket's Cross
カンタベリー十字
※ 1867年、イングランド・カンタベリーの下水工事中に発掘された、9世紀のブローチをもとにした十字架。英国国教会(アングリカン・コミュニオン)の象徴として用いられている、カトリックとは異なる伝統に属する十字架です。
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Origin / 由来・語源

カンタベリー十字は、神学や美術の伝統から形づくられた多くの十字架とは違い、実在する一つの考古遺物をもとに作られた、珍しい成り立ちを持つ十字架です。1867年、イングランド・カンタベリーのセント・ジョージズ・ストリートで下水道の改修工事が行われていた際、作業員たちが偶然、9世紀頃(850年頃)のアングロサクソン時代の青銅製ブローチを掘り当てました。その後、数百メートル離れたイーストブリッジ病院の跡地からも、よく似たブローチがもう一つ発見されており、この意匠がカンタベリーの地に特有のものであったことをうかがわせます。発掘された最初のブローチは、現在カンタベリーのビーニー・ハウス・オブ・アート・アンド・ナレッジに保管されています。

Meaning / 聖書的・神学的な意味

このブローチは、中央の小さな正方形から四本の腕が伸び、外側に向かって末広がりの三角形をなす形をしています。四つの腕の先端はすべて一つの円弧上に揃えられており、全体としては車輪のような印象を与えます。それぞれの三角形の腕には銀の板がはめ込まれ、そこにはケルト系の結び目文様である「トリケトラ(三つ巴の結び目)」が刻まれ、三位一体を表しています。縁取りには蔓草模様がめぐらされ、黒い金属の象嵌(ニエロ)で彩られています。この繊細な唐草の縁取りにはビザンティン美術の影響が、中央のトリケトラ文様にはケルト美術の影響が指摘されており、東方と北方、二つの美術様式が一つの小さなブローチの中で出会っていると言えます。この意匠は後に、1200年から1400年頃にかけてカンタベリーを訪れた巡礼者たち、特にトマス・ベケットの聖廟を目指す人々が買い求めた巡礼記章の元にもなったと考えられており、「ベケットの十字架」というもう一つの呼び名もここに由来します。

History / 歴史的背景

興味深いことに、1867年の発掘直後からこのブローチが「十字架」として広く用いられるようになったわけではありません。信心具や教会の紋章としてこの意匠が本格的に使われ始めるのは20世紀に入ってからで、1899年にはケントの殉教者記念碑の頂に据えられました。そして決定的な出来事が、1935年6月15日に起こります。カンタベリー大聖堂の聖堂参事会は、大聖堂の石材そのものから93基の石造りの十字架を作らせ、そのうち90基を大英帝国各地の英国国教会系の大聖堂に、2基をアメリカ合衆国の大聖堂に贈り、当時のカンタベリー大主教コズモ・ラングが「帝国奉献式」でこれを祝別しました。この出来事によって、一つの地方都市で見つかった小さなブローチの意匠は、「カンタベリーとの交わり」を目に見える形で示す、アングリカン・コミュニオン全体の象徴へと生まれ変わったのです。

なお2011年には、カンタベリーから北へおよそ160キロ離れたケンブリッジシャー州トランピントンで、650年から680年頃に没したとみられるアングロサクソン貴族の少女の墓が発掘され、埋葬着に縫い付けられた、ガーネットで飾られた小さな金の十字架(トランピントン・クロス)が見つかっています。異教の副葬品も一緒に納められていたこの墓は、当時のイングランドがまさに異教からキリスト教への移行期にあったことを物語っており、カンタベリー十字が孤立した意匠ではなく、この時代のアングロサクソン・キリスト教美術という、より大きな流れの一部であったことを示しています。今日ではカンタベリー大聖堂の壁にも石造りの複製が掲げられ、みやげ物店で人気の品としても、多くの巡礼者や旅行者に親しまれています。

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