十字架

ロレーヌ十字

聖遺物の伝承から自由フランスの象徴へ
Croix de Lorraine(仏)/ Cross of Lorraine(英)/ Cross of Anjou / Patriarchal Cross
ロレーヌ十字
※ 縦棒に二本の横棒(上が短く、下が長いのが典型的ですが、同じ長さで描かれることも多くあります)が交わる十字。中世フランスの聖遺物の伝承に始まり、アンジュー家からロレーヌ公家へと受け継がれ、20世紀には自由フランスの象徴として世界的に知られるようになった、数奇な歴史を持つ十字架です。
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Origin / 由来・語源

ロレーヌ十字の物語は、第4回十字軍(1204年)によるコンスタンティノープル陥落にまで遡ります。混乱の中で四散した聖遺物の一つ、「真の十字架」の断片とされる聖遺物が、コンスタンティノープル総大司教ジェルヴェから、クレタ島ゲラペトラの司教トマスへと渡り、1241年に騎士ジャン・ダリュエの手に売却されます。1244年、この騎士は聖遺物をフランスのアンジューに持ち帰り、ラ・ボワシエール修道院に寄進しました。この聖遺物を納めた聖遺物容器が、上の横棒が短く下の横棒が長い、二重十字の形をしていたのです。

この形は、東方キリスト教世界で「真の十字架」を描く際の伝統的な様式でした。短い上部の横棒は、ピラトが十字架上のキリストの頭上に掲げさせた罪状書き(タイトゥルス、INRIの銘板)を、下の長い横棒とは別の要素として表現したものです。14世紀、この聖遺物はアンジュー公家(ルイ1世ら)の紋章に取り入れられ、「アンジューの十字架」と呼ばれるようになりました。

Meaning / 聖書的・神学的な意味

二本の横棒を持つこの様式は、教会の位階を示す紋章としても独自に発展しました。西方教会の伝統では、横棒が一本のラテン十字が一般の信徒・聖職者を、二本のこの二重十字が大司教・総主教を、三本のものが教皇のみを表すとされ、横棒の数がそのまま権威の階梯を示すしるしとなっています。そのためロレーヌ十字は、今も「総主教十字(パトリアーカル・クロス)」「大司教十字」という別名でも呼ばれます。

興味深いことに、よく似た二重十字は、フランスのアンジューとは全く別に、12世紀末のハンガリー王国でも貨幣や紋章に使われていました。1270年、アンジュー家のシャルル1世がハンガリー王家のマリアと結婚したことで両家は結ばれますが、フランス側の十字架は独自にビザンティンの聖遺物容器の形として発展してきたものであり、単純にハンガリーから伝わったとは言い切れません。同じ形が、別々の背景から並行して重んじられていた、という方が実情に近いようです。

History / 歴史的背景

1431年、「よき王ルネ」の異名で知られるアンジュー公ルネは、妻イザベルを通じてロレーヌ公国を相続し、アンジューの十字架を東のロレーヌへと運びます。この十字架が「ロレーヌ十字」として決定的な意味を持つようになったのは、1477年のナンシーの戦いでした。ルネの孫にあたるロレーヌ公ルネ2世は、聖アンデレ十字(サルタイア)を紋章とするブルゴーニュ公シャルル突進公と戦うにあたり、この十字架を神の加護を祈る旗印として掲げ、見事に勝利を収めます。以来この十字はロレーヌの地に生きる人々の誇りとして深く根づいていきました。1870年の普仏戦争でロレーヌがドイツに割譲されると、この十字は今度は「失われた郷土を取り戻す」という願いを託されたシンボルとして、再びフランス人の間で意識されるようになります。まさにこの同じ時期、ロレーヌ公国とブロワ公国の境にあるドンレミ村の出身であるジャンヌ・ダルクもまた、「ロレーヌのよき娘」「失われた郷土の守護者」として改めて祭り上げられ、その図像にロレーヌ十字が後から書き加えられるようになりました。ジャンヌが実際に生きた15世紀初頭には、この十字はまだ「アンジューの十字架」であり「ロレーヌ十字」という呼び名も定着していなかったため、彼女自身が生前この十字を身につけていたわけではありません。ロレーヌ十字の復権とジャンヌの英雄化は、同じ19世紀後半の愛国的な機運から並行して生まれた、双子のような現象だったのです。

この十字が世界的な知名度を得たのは、1940年のことでした。フランス降伏後、ロンドンで自由フランス軍を率いたシャルル・ド・ゴール将軍のもとで、自由フランス海軍を率いたミュズリエ提督(ロレーヌ出身)が、故郷で親しんだこの十字を自由フランスの紋章として提案します。当時語られた採用の弁には「幾度となく独立のために戦ってきた土地、ジャンヌ・ダルクの故郷ロレーヌほど、抵抗するフランスにふさわしい名がほかにあるだろうか」という言葉が残されており、19世紀に結び直されたジャンヌとロレーヌ十字のイメージが、この選定を後押ししたことがうかがえます。ナチス・ドイツの鉤十字(ハーケンクロイツ)に対抗する、強い歴史的意味を持つ象徴が必要とされていたこと、そしてロレーヌ自身がドイツに占領された土地であったことも重なり、この提案は説得力を持ちました。1940年7月1日、ロンドンで正式に自由フランスの紋章として採用されたロレーヌ十字は、艦船や航空機に描かれ、対独レジスタンスの象徴として広く知られるようになります。戦後もこの十字はド・ゴール主義そのものを象徴する紋章として使われ続け、ド・ゴールが眠るコロンベ=レ=ドゥー=エグリーズには、高さ40メートルを超える巨大なロレーヌ十字の記念碑が今も立っています。

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