聖女

聖モニカ

モニカ/モニッカ
Sainte Monique(仏)/ Saint Monica(英)/ Sancta Monica(羅)
◆ 年代331年頃〜387年8月27日(享年約56歳)
◇ 出身地北アフリカ・タガステ(現アルジェリア)
◆ 祝日8月27日
◇ 守護分野母親・未亡人・既婚女性・虐待被害者・DV被害者・結婚問題・子どもへの失望・アルコール依存症・不貞の被害者・家庭を守る人
◆ シンボル
黒い修道服(アウグスティノ会) 涙・ハンカチ 書物 ベルト・帯(アウグスティノ会)
聖モニカ

Ary Scheffer, Saints Augustine and Monica, 1854
National Gallery, London. Public domain.

Life / 生涯

聖モニカは331年頃、北アフリカのタガステ(現アルジェリア)にキリスト教徒の家庭の子として生まれました。成人後に異教徒のパトリキウスと結婚し、三人の子をもうけました。その長男が後の聖アウグスティヌスです。夫パトリキウスは気性が荒く、姑との関係も難しいものでしたが、モニカは忍耐と祈りによって夫を晩年に改宗させることに成功しました。

最大の試練はアウグスティヌスの改宗でした。息子はマニ教に傾倒し、放蕩な生活を送り、彼女の懇願を無視し続けました。モニカは約17年にわたって息子のために祈り続け、ミラノ司教聖アンブロシウスに息子への働きかけを願い出るなど精力的に動きました。387年、ついにアウグスティヌスはミラノで洗礼を受けます。モニカはその年の帰途、オスティアで病に倒れ、「私の息子を見てください、彼はあなたのものになりました」と語って安らかに帰天しました。

Episode / エピソード・伝承

モニカとアウグスティヌスの物語は、アウグスティヌス自身が「告白録」の中で詳細に記録しています。モニカが息子のために流し続けた涙と祈りはカトリック信仰において「涙の聖女」として語り継がれており、「この涙の子は滅びない」という聖アンブロシウスの言葉は有名です。

また彼女の死の直前、オスティアでアウグスティヌスと並んで窓辺に座り、神の永遠について語り合った「オスティアの幻視」の場面は、「告白録」の中でも最も美しい場面のひとつとされています。アウグスティノ会はモニカを同修道会の守護聖人として崇敬しており、彼女の遺骸の一部はローマのサンタゴスティーノ教会に安置されています。

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