聖ウルスラ - The Sacred Secret
聖女

聖ウルスラ

ウルスラ/ウルスラと一万一千人の殉教者
Sainte Ursule(仏)/ Saint Ursula(英)/ Sancta Ursula(羅)
※ 聖ウルスラの伝承は史料的裏付けが乏しく、一万一千人という随伴者数をはじめ多くの要素が伝説的な拡大によるものと考えられています。歴史的には4世紀頃のケルン殉教者の記憶が起源とされています。
◆ 年代4世紀頃(生没年詳細不明)
◇ 出身地ブリタニア(現イギリス)または大陸ヨーロッパ
◆ 祝日10月21日
◇ 守護分野弓の射手・孤児・若い女性・学生・教育者・ケルン市
◆ シンボル
矢(殉教) 王冠
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Life / 生涯

ウルスラはキリスト教徒の王女で、異教徒の王子との結婚を命じられたが、まず3年間の猶予を求めてローマへの巡礼に旅立ったとされる。伝承では多くの乙女たちを連れての巡礼旅行の後、帰路にケルン(現ドイツ)でフン族に遭遇し、改宗を拒んで殉教したとされる。

ケルンでは4世紀頃から女性殉教者の記念が行われており、後世の文書がこれをウルスラの伝承と結びつけた。一万一千人という殉教者数は、ラテン語文書の「XIM(undecim martyres=11人の殉教者)」が「XI M(ilia)=一万一千」と誤読されて拡大されたとも言われる。ウルスラ修道会(ウルスラ会)は16世紀に聖アンジェラ・メリチが創設し、彼女に捧げた修道会として女性教育の分野で世界的に貢献した。

Episode / エピソード・伝承

ケルンのウルスラ聖堂(聖ウルスラ教会)は今も現存しており、伝承上の殉教地の上に建てられたとされる。聖堂内には夥しい数の遺骨が保管・展示されており、「黄金の部屋(Goldene Kammer)」として知られる壁一面の遺骨装飾は、中世ヨーロッパにおける聖遺物崇敬の典型的な形式を今に伝えている。

一方、世界最小の国家のひとつであるカリブ海の英国領ヴァージン諸島はコロンブスが「聖ウルスラと一万一千人の乙女たち」にちなんで命名したものであり、「Las Once Mil Virgenes(一万一千人の処女たち)」という旧称が現在も地名に影を残している。

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