十字架

パルドンの十字架

贖罪の十字架/三重の護りの十字架とも呼ばれる、1905年の贖宥に由来する一群
Pardon Crucifix(英)/ Croix du Pardon(仏)
パルドンの十字架
※ 1905年に教皇聖ピウス10世が贖宥を認可したことに由来する十字架。同じ由来を持ちながら、アメリカでは「贖罪の十字架」、フランスでは「パルドンの十字架」と、意匠も呼び名も異なる二つの系統に分かれて広まりました。当店では、不思議のメダイと聖ベネディクトメダイを組み合わせた発展形を「三重の護りの十字架」としてご紹介しています。
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Origin / 由来・語源

この十字架の物語は、1905年、教皇聖ピウス10世が発した一つの宣言に始まります。教皇は、この十字架を身につける、あるいは口づけする者に対し、自分自身と、煉獄にある魂たちのために贖宥(罪の償いの軽減)を与えると定めました。「パルドン(赦し)」という名前は、まさにこの贖宥に由来しています。この核となる由来は、英語圏・フランス語圏それぞれの独立した資料で確認でき、この十字架にまつわる数ある逸話の中でも、最も確かな部分だと言えます。

面白いのは、この一つの贖宥から、意匠も名前も異なる二つの系統が並行して育っていったことです。アメリカでは、十字架の前面にラテン語の罪状書き「イエスス・ナザレヌス・レクス・ユダエオルム(ユダヤ人の王、ナザレのイエス)」を完全な形で刻み、背面に聖心とキリストの言葉を記す様式が定着し、「贖罪の十字架」と呼ばれています。一方フランスでは、鳩(聖霊)と茨の冠をかぶった聖心、光背をまとうキリスト、聖母を配した、まったく異なる意匠が主流となり、「パルドンの十字架(Croix du Pardon)」と呼ばれ続けています。教皇の宣言そのものは、特定の絵柄までは定めていなかったと考えられ、各地の信心具職人がそれぞれの様式でこの贖宥を形にしていった結果、これほど異なる姿の「同じ十字架」が生まれたのでしょう。

Meaning / 聖書的・神学的な意味

アメリカ式の贖罪の十字架の背面には、聖心とともに二つの言葉が刻まれています。一つは、十字架上のキリストが自らを処刑する者たちのために放った「父よ、彼らをお赦しください」(ルカによる福音書23章34節)。もう一つは「かくも人々を愛したこの御心を見よ」という、聖マルグリット・マリー・アラコクへの聖心の顕現で語られたとされる言葉です。赦しを乞う祈りと、赦す側の愛の両方が、一つの十字架の裏表に刻まれている構成になっています。

フランス式のパルドンの十字架は、より視覚的な物語として同じ主題を表現します。鳩の姿の聖霊が上から降り、茨の冠をかぶった聖心が中央にあり、傍らに聖母が寄り添う構図は、キリストの受難と、それを見守り執り成す聖母の姿とを重ね合わせています。表現の方法は異なりますが、どちらも「赦しを求める人間」と「赦しを与える神の愛」という、同じ一つの主題を描いているのです。

History / 歴史的背景

この十字架が広く知られるようになった経緯として、「第一次世界大戦中、アメリカ政府がこの十字架のついたロザリオを兵士全員に配布した」という話がよく語られます。ただしこの逸話は、フランスの複数の信心具店で一字一句同じ文章が使われており、出所をたどると裏付けが薄いことがわかりました。史実として確認できるのは、1916年にアメリカ政府が従軍司祭を通じてロザリオを兵士に配布していたことまでで、当時のロザリオにこの十字架が実際に付いていたという記録は見当たりません。この十字架とロザリオを結びつけた具体的な逸話は、後年になって形作られ、広まっていったものと考えるのが実情に近いようです。

今日ではこの十字架に、さらにもう一つの発展形が加わっています。パルドン十字架の意匠に、不思議のメダイと聖ベネディクトメダイを組み合わせた一体型の十字架で、当店では「三重の護りの十字架」としてご紹介しています。この三者の組み合わせは、近年イタリアの信心具製造の現場で定着した様式で、複数の聖なる加護を一つの十字架に重ね合わせるという発想は、これまで見てきたどの十字架とも違う、現代的な広がり方だと言えるでしょう。

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