聖ガブリエル・ポセンティ - The Sacred Secret
聖人

聖ガブリエル・ポセンティ

悲しみの聖母のガブリエル/フランチェスコ・ポセンティ
Saint Gabriel de Notre-Dame des Douleurs(仏)/ Saint Gabriel Possenti(英)/ Gabriel ab Addolorata(羅)
◆ 年代 1838年3月1日〜1862年2月27日(享年23歳)
◇ 出身地 アッシジ(イタリア・ウンブリア州)
◆ 祝日 2月27日
◇ 守護分野 青少年・学生・修道士・神学生・アブルッツォ地方
◆ シンボル
悲しみの聖母のイコン パッショニスト修道服 十字架・釘(キリストの受難) ユリ(純潔)
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Life / 生涯

1838年3月1日、アッシジに裕福な家庭の11番目の子として生まれました。洗礼名はフランチェスコ・ジュゼッペ・ヴィンチェンツォ・ポセンティ。父は著名な判事で、家族はスポレートに移住します。幼い頃から聡明で愉快な性格の持ち主でしたが、幼少期の相次ぐ家族の死??母・妹・弟ら計9人の兄弟??が心に深い悲しみの傷を残しました。十代は社交的な青年として舞踏会・演劇・狩猟を楽しんでいましたが、二度の重病の際に「神に仕える生涯を送る」と誓います。

1856年、スポレートで「悲しみの聖母」の行列を見ていたとき、イコンの中のマリアの目が自分に向けられ「あなたはこの世の者ではない、修道会に入りなさい」という内なる声を聞きます。18歳でパッショニスト修道会(パシオニスト)に入会し、「悲しみの聖母のガブリエル」と改名。修道院での生活は完全な変革をもたらし、祈り・苦行・謙遜・笑顔という「普通の生活の聖性」を体現しました。しかし司祭叙階を前にした1862年2月27日、23歳で結核により帰天しました。1920年に教皇ベネディクト15世によって列聖されました。

Episode / エピソード・伝承

ガブリエルについて伝えられるエピソードの中で最も劇的なのは「強盗団との対峙」です。イソラ・ディ・グラン・サッソの村に略奪に来た兵士の集団が少女に迫っていたとき、ガブリエルは修道服姿でサスを手にして一人で立ち向かい、兵士たちを追い払ったとされています。この逸話は後にアメリカで「拳銃射撃手の守護聖人」の候補として議論されるほど語り継がれています。

しかし彼の本当の偉大さは英雄的な行為よりも、「普通の日常を最高の聖性で生きた」という点にあります。教皇ベネディクト15世は列聖の際「彼の生涯は完全に祈り・犠牲・謙遜に捧げられ、類稀な喜びと温かさに満ちていた」と述べています。グラン・サッソのガブリエル聖堂は現在も多くの若者が訪れる巡礼地となっており、特に学生・神学生に深く崇敬されています。

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