聖人

聖ピウス10世

ピウス10世/ジュゼッペ・サルト
Pius X(羅・英)/ Pie X(仏)/ Giuseppe Sarto(伊・本名)
◆ 年代1835年6月2日〜1914年8月20日(享年79歳)
◇ 出身地リエーゼ(ヴェネト、イタリア)
◆ 祝日8月21日(現行)/ 9月3日(旧暦)
◇ 守護分野巡礼者・初聖体を受ける子どもたち
◆ シンボル
教皇の三重冠 聖体(ホスチア) 十字架
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Life / 生涯

聖ピウス10世は1835年、北イタリアのリエーゼという小村に生まれました。本名はジュゼッペ・メルキオーレ・サルト。貧しい郵便配達人の父のもとで育ち、奨学金を得てパドヴァの神学校で学び、1858年に司祭に叙階されました。貧しい農村の教区から司祭生活をスタートさせた彼は、生涯にわたって庶民への親しみを失いませんでした。

マントヴァ司教、ヴェネツィア総大司教を経て、1903年に第257代ローマ教皇に選出されました。選出の知らせを聞いたとき、彼は涙を流したと伝えられます。教皇在位中のモットーは「キリストにおいてすべてを新たにする(Instaurare omnia in Christo)」。近代主義(モデルニズム)の神学的潮流に明確に対抗しながら、一方でカテキズム教育の充実や典礼音楽の改革、教会法典の整備など、内側からの刷新に力を注ぎました。

第一次世界大戦の開戦を目撃し、深い悲しみの中で1914年に逝去しました。1954年にピウス12世によって列聖されました。20世紀の教皇の中で最初に列聖された人物です。

Episode / エピソード・伝承

ピウス10世が特に力を入れたのが「初聖体年齢の引き下げ」です。当時、初聖体(初めてのご聖体拝領)は12歳以上が慣習とされていましたが、彼は1910年に発布した令書「Quam singulari」において、理性の分別がつけば7歳頃から聖体拝領が可能とする指針を示しました。子どもたちをより早くからキリストの食卓に招くという決断は、当時画期的なものとして受け止められ、今日のカトリック教会の慣行の基礎となっています。

また彼は「貧者の教皇」とも呼ばれ、華美を好まず、個人財産をほとんど持たず、弱者に対して常に門戸を開いていたと伝えられます。バチカンの接見室で裕福な貴婦人よりも貧しい農民を先に迎えたという逸話も残っています。

グレゴリオ聖歌の典礼での復興にも尽力し、教会音楽の純化を推進しました。この点でも「大教皇グレゴリウス1世の精神を引き継ぐ者」として語られることがあります。

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