聖カタリナ・ラブレ - The Sacred Secret
聖女

聖カタリナ・ラブレ

カトリーヌ・ラブレ
Sainte Catherine Laboure(仏)/ Saint Catherine Laboure(英)/ Sancta Catharina Laboure(羅)
◆ 年代1806年5月2日〜1876年12月31日(享年70歳)
◇ 出身地フランス・コート=ドール県ファン=レ=ロワ
◆ 祝日11月28日
◇ 守護分野年配者・虚弱な人々・老人介護士・看護師・不思議のメダイ・聖ヴィンセンチオ・ア・パウロ会
◆ シンボル
不思議のメダイ 修道服 聖母マリア
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Life / 生涯

カタリナ・ラブレはフランス・ブルゴーニュ地方の農家に生まれ、幼くして母を亡くした後、父の農場で弟妹の世話をしながら育ちました。聖ヴィンセンチオ・ア・パウロの創立した慈悲の聖母修道会(愛徳姉妹会)への召命を強く感じ、家族の反対を乗り越えて1830年にパリの修練院に入りました。

修練期間中の1830年、カタリナは複数回にわたって聖母マリアの出現を体験したと証言しています。最も重要とされる11月27日の出現では、聖母が楕円形のメダイのデザインを示し、信者に広めるよう求めたとされています。このメダイは奇跡的な恵みをもたらすとの評判が広まり「不思議のメダイ」として世界中で親しまれるようになりました。

カタリナはその後46年間、パリ郊外のオイユ修道院で老人介護に従事しながら、自らが聖母出現の証人であることを生涯ほぼ誰にも告げませんでした。告白相手の神父ジャン=マリー・アラダン神父だけが秘密を知っており、カタリナの死後にその証言が初めて公になりました。

Episode / エピソード・伝承

カタリナが最も大切にしていたのは謙遜でした。不思議のメダイが世界中に広まり何百万枚も製造・頒布される中、彼女はただの修道女として静かに日々の奉仕を続けました。「メダイを広めたのは聖母であり、自分はただの道具にすぎない」という姿勢を崩さなかったといいます。

1832年のパリ・コレラ流行の際、不思議のメダイをつけた人々が癒されたという報告が相次ぎ、メダイの頒布は急速に広まりました。著名な回心者としては、ユダヤ人銀行家アルフォンス・ラティスボンヌがこのメダイをつけた後に聖母出現を体験してカトリックに改宗した事例が知られています。

カタリナは1876年12月31日に静かに息を引き取りました。死後に遺体が調べられた際、遺体が腐敗しておらず目が生前と同じ青さで輝いていたと報告されており、今日もパリのリュ・デュ・バック修道院聖堂に安置されています。1947年に列聖され、現在も世界中で巡礼者が後を絶ちません。

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