聖ラウレンティウス - The Sacred Secret
聖人・殉教者・助祭

聖ラウレンティウス

ローレンス/ロレンツォ
San Lorenzo(伊)/ Saint Lawrence(英)/ Sanctus Laurentius(羅)
◆ 年代225年頃〜258年8月10日(享年約33歳)
◇ 出身地スペイン・ウエスカ(現アラゴン州)
◆ 祝日8月10日
◇ 守護分野料理人・パティシエ・図書館員・貧者・コメディアン・消防士・醸造業者・刃物職人・学校に通う子ども・学生・ローマ
◆ シンボル
鉄格子(焼き網) 棕櫚の枝(殉教) 助祭服(ダルマティカ) 財宝・貧者
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Life / 生涯

聖ラウレンティウスは3世紀のローマ教会で最も重要な七人の助祭のひとりとして、教皇シクストゥス2世に仕えました。スペイン・ウエスカ出身とされ、ローマで教会の財産管理と貧者への施しを担う役割を担っていました。258年、皇帝ウァレリアヌスのキリスト教迫害令のもとで教皇シクストゥス2世が処刑された後、ラウレンティウスも逮捕されました。

当局は彼に教会の財産を差し出すよう命じましたが、ラウレンティウスは3日間の猶予をもらい、その間に教会の財産を貧者へ分け与えてしまいました。そして当局の前に大勢の貧者・病者・障碍者を連れ出し「これが教会の財宝です」と言い放ったとされます。激怒した当局によって彼は焼き網の上に乗せられ、生きたまま焼かれる刑に処せられ、258年8月10日に殉教しました。

Episode / エピソード・伝承

ラウレンティウスの殉教に関する最も有名なエピソードは、焼き網の上で処刑されている最中に「そちら側は焼けたので、ひっくり返して食べてくれ」と言い放ったという伝承です。この逸話から彼は料理人・パティシエの守護聖人とされ、またその精神的な強さとユーモアからコメディアンの守護聖人とも見なされるようになりました。

彼の殉教はローマのキリスト教共同体に深い影響を与え、4世紀には彼の墓所の上にコンスタンティヌス帝によってサン・ロレンツォ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂が建てられました。この大聖堂は今もローマの主要巡礼地のひとつです。また8月のペルセウス座流星群は「聖ラウレンティウスの涙」と呼ばれ、彼の祝日(8月10日)前後に見られることから名付けられました。

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