聖女

聖マリア・ベルティラ・ボスカルディン

マリア・ベルティラ・ボスカルディン/アンナ・フランチェスカ・ボスカルディン
Santa Maria Bertilla Boscardin(伊)/ Saint Maria Bertilla Boscardin(英)
◆ 年代1888年10月6日 - 1922年10月20日
◇ 出身地イタリア・ヴェネト州ブレンドーラ
◆ 祝日10月20日
◇ 守護分野看護師・病人・拒絶された人・謙遜を求める人
◆ シンボル
修道服 看護のシンボル 十字架
画像準備中 - Image Coming Soon

 

Life / 生涯

アンナ・フランチェスカ・ボスカルディンは、1888年10月6日、イタリア北部ヴェネト州のブレンドーラで農家の子として生まれました。父は酒癖が荒く家庭は不安定で、アンナは幼い頃から重い家事を担いながら育ちました。学校にも十分に通えず、読み書きを覚えるのも遅かったため、周囲から「のろまなガチョウ」と呼ばれることもありました。

しかし彼女の心には幼いころから神への深い信仰がありました。16歳の時、ヴィチェンツァの聖ドロテア修道会に入会し、修道名「マリア・ベルティラ」を授かりました。当初は台所・洗濯・パン焼きの仕事に就きましたが、やがて看護の訓練を受け、トレヴィーゾ市立病院のジフテリア病棟で子どもたちの看護を担うようになりました。

第一次世界大戦中、病院が軍の管理下に置かれてからも、爆撃の危険の中で重症患者の傍を離れず看護を続けました。しかし上長との関係で不当な扱いを受け、洗濯仕事に戻されるなどの試練も経験しました。1922年10月20日、腫瘍の手術の後に帰天。1961年、教皇ヨハネ23世によって列聖されました。

Episode / エピソード・伝承

修道会への入会が最初の修道院で断られた時、マリア・ベルティラは聖ドロテア修道会の修練長にこう言ったと伝えられています。「私は何もできません。ただのみじめな者です。でも聖人になりたいのです。教えてください。」この言葉は、彼女の生涯の姿勢を端的に示しています。

爆撃が続くトレヴィーゾで、移動できない重傷患者の傍を離れなかった彼女の姿を見て、後に多くの元患者が彼女の列聖式に出席しました。「彼女がいなければ私は生きていなかった」という証言が複数あり、彼女の死後から奇跡の報告が相次ぎました。彼女が書き残した霊的覚書には「イエスをモデルに、神を目標に、マリアを支えに、自分自身を奉献として」という言葉があり、第一次世界大戦という時代の中での看護の使命を神へのいけにえとして捧げた生涯が表れています。

PICK UP ITEMピックアップ商品

もっと見る
  • メダイのサイズ保管方法

最近チェックした商品

最近チェックした商品はまだありません。