聖エドマンド・キャンピオン - The Sacred Secret
聖人

聖エドマンド・キャンピオン

エドマンド・キャンピオン
Saint Edmund Campion(英)/ Sanctus Edmundus Campianus(羅)
◆ 年代1540年1月25日〜1581年12月1日(享年41歳)
◇ 出身地イングランド・ロンドン
◆ 祝日12月1日
◇ 守護分野英国・アイルランドの殉教者・イエズス会(英国管区)・学生・教育者・カトリック学校・迫害下のカトリック信者
◆ シンボル
棕梠の枝 イエズス会の会章 縄・枷 書物・ペン
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Life / 生涯

エドマンド・キャンピオンは1540年、ロンドンの書籍商の家に生まれた。卓越した知性と弁舌の才を早くから示し、オックスフォード大学セント・ジョンズ・カレッジに奨学生として入学。在学中にエリザベス1世女王が大学を訪問した際、女王を前に即興のラテン語演説を行い一躍名を馳せた。清教徒化が進む時代にあって、キャンピオンは当初イングランド国教会の助祭に叙階されたものの、次第にカトリックの信仰へと引き寄せられていった。

1571年にアイルランドへ渡り、その後ローマへ向かいイエズス会に入会する。プラハで神学を修め、1578年に司祭に叙階された。1580年、カトリック信仰が死罪とされるイングランドへ秘密裏に帰国。変装しながら各地を巡り、迫害下のカトリック信者たちに秘密裏にミサを捧げ、信仰を守り伝えた。この地下活動の傍ら、カトリック信仰を弁護する論文「デケム・ラチオネス(十の理由)」を執筆・印刷し、オックスフォードの式典に出席者の席に配布するという大胆な行動に出た。

1581年、密告により捕縛され、ロンドン塔に投獄された。拷問にも屈せず信仰を証言し続け、同年12月1日、タイバーン処刑場にて「引き回し・絞首・四つ裂き」の刑に処されて殉教した。1970年、教皇パウロ6世によって「イングランドとウェールズの40殉教者」の一人として列聖された。

Episode / エピソード・伝承

処刑直前、キャンピオンは「私はローマ・カトリックの司祭であり、イエズス会士である。神の御名において命を捧げる」と宣言したと伝えられる。処刑台に引き立てられながらも平静を保ち、女王エリザベスと国のために祈ると述べた姿は、見物していた群衆の中にも深い印象を残した。

キャンピオンの秘密印刷機で刷られた「デケム・ラチオネス」は、プロテスタント神学者たちに対する論駁書として高い評価を受けた。彼の書いた散文はルネサンス期英語文学の傑作とも称され、信仰の証言者であると同時に卓越した知識人・文人として後世に記憶されている。彼の殉教から400年以上が経った今も、オックスフォードのセント・ジョンズ・カレッジには彼を記念する礼拝堂が残る。

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