聖キャサリン・ドレクセル - The Sacred Secret
聖女

聖キャサリン・ドレクセル

キャサリン・ドレクセル/カタリナ・ドレクセル
Saint Katharine Drexel(英)/ Sancta Catharina Drexel(羅)
◆ 年代1858年11月26日〜1955年3月3日
◇ 出身地アメリカ・ペンシルバニア州フィラデルフィア
◆ 祝日3月3日
◇ 守護分野フィラデルフィア、先住民族・黒人宣教活動
◆ シンボル
修道服聖体顕示台十字架
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Life / 生涯

聖キャサリン・ドレクセルは1858年11月26日、アメリカ・ペンシルバニア州フィラデルフィアに生まれました。銀行家の父フランシス・ドレクセルと継母エマの裕福な家庭に育ちましたが、両親がカトリックの慈善精神に篤く、週3回貧者のために食料と衣類を配る姿を間近に見て育ちました。父の遺産として莫大な財産を相続しましたが、これをすべて宣教事業に捧げることを決意しました。

1887年、教皇レオ13世に謁見した際、アメリカの先住民族と黒人のために宣教師を送るよう懇願すると、教皇は逆に「あなた自身が宣教師になってはいかがですか」と問いかけました。この言葉が転機となり、キャサリンは1891年に「聖体の侍女修道会(Sisters of the Blessed Sacrament)」を創設し、自ら修道誓願を立てました。生涯にわたって1200万ドル以上(現在価値で数億ドル相当)の財産を宣教・教育事業に投じ、50を超えるミッション・スクール、12の農村地帯学校、そして1925年にはニューオーリンズにザビエル大学(現在も黒人系カトリック大学として存続する全米唯一の大学)を設立しました。1955年3月3日に帰天し、2000年に教皇ヨハネ・パウロ2世により列聖されました。

Episode / エピソード・伝承

キャサリンが宣教活動を行った20世紀前半のアメリカは、人種差別が制度化された社会でした。彼女の修道会が建設した学校はしばしば白人至上主義者からの脅迫にさらされ、一部では爆弾の脅しを受けることもありました。それでも彼女は「先住民族の子どもたちにも黒人の子どもたちにも、同じ神のいのちが宿っている」という確信のもと、活動をやめませんでした。

晩年の18年間、彼女は脳卒中のため修道院で静かな観想生活を送りましたが、この期間も祈りを通じた修道会への奉仕を続けました。世界で2番目にアメリカで生まれた聖人(1番はエリザベス・アン・シートン)として列聖されたキャサリンは、富を持ちながらもすべてをキリストのために手放した模範的な生き方で世界中に知られています。

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