聖人

聖ユスティノス(殉教者)

ユスティノ/ユスティン
Saint Justin Martyr(英)/ Sanctus Iustinus Martyr(羅)
◆ 年代100年頃〜165年6月1日頃
◇ 出身地パレスチナ・フラウィア・ネアポリス(現ナブルス)
◆ 祝日6月1日
◇ 守護分野哲学者、弁論家、弁護士
◆ シンボル
哲学者の外套(パリウム)殉教の剣書物
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Life / 生涯

聖ユスティノス(ユスティン)は2世紀最大のキリスト教護教家(アポロジスト)の一人です。パレスチナのフラウィア・ネアポリス(現在のヨルダン川西岸ナブルス)に100年頃生まれ、異教徒の家庭で育ちました。哲学への強い関心から、ストア哲学、アリストテレス哲学、ピタゴラス哲学、プラトン哲学を次々と学びましたが、どれも真理への問いに完全には答えられないと感じていました。

ある日エフェソの海岸で一人の老人と対話し、旧約聖書の預言者たちやキリストの生涯について聞かされたユスティノスは深い感動を覚え、キリスト教に回心しました。以後、哲学者の外套(パリウム)を身につけたまま各地でキリスト教の真理を哲学的に弁護する著作活動を行いました。「護教論(アポロギア)」や「ユダヤ人トリフォンとの対話」などの著作が現存しています。ローマに学校を開いて教えましたが、165年頃に同僚6人とともにローマ皇帝マルクス・アウレリウスの治世に処刑されました。1882年に教会博士(Doctor Ecclesiae)として宣言されてはいませんが、古代教会の最重要神学者の一人です。

Episode / エピソード・伝承

「護教論」の中でユスティノスは、キリスト教徒が社会的に誤解されていることを理性的に反論し、キリスト者の倫理的生活と礼拝の実態を詳細に説明しました。特に聖体祭儀(ミサ)についての描写は現存する最古の詳細な記録の一つであり、典礼史上きわめて重要です。

彼はまた「ロゴス・スペルマティコス(種として蒔かれたことば)」という概念を用い、キリスト以前の時代にもギリシャの哲学者たちの中にキリスト(ことば)の種が宿っていたと主張しました。この思想は後の教会の哲学的神学の発展に大きな影響を与えました。処刑の直前、「もし鞭打ちや首切りが我々を傷つけることができると思っているなら、それは誤りだ。理性を持った者に傷つけることはできない」と答えたとされ、その証言は「聖ユスティノスの殉教録」として残されています。

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