聖マロン - The Sacred Secret
聖人

聖マロン

マロン/マルーン/マール
Mar Maron(アラム)/ Saint Maron(英)/ Sanctus Maro(羅)
◆ 年代350年頃〜410年頃
◇ 出身地シリア(現シリア北部・キュロス近郊)
◆ 祝日2月9日
◇ 守護分野レバノン、マロン派信者、マロン派教会
◆ シンボル
黒い修道服 司牧杖 異教神殿を改築した礼拝堂
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Life / 生涯

聖マロンは4世紀後半にシリア北部のキュロス(Cyrrhus)近郊で生まれた。当時この地方ではキリスト教が急速に広まりつつあり、マロンはアンティオキアで高い教育を受けたとされる。そこで後に「黄金の口」と称えられる聖ヨハネ・クリゾストモと交友を結んだと伝えられており、クリゾストモが流刑中に書き送った書簡の中にマロンへの親愛の言葉が残っている。

聖職者としての叙階を受けたマロンは、やがて独居修道者(アンコライト)として山中での生活を選んだ。タウロス山脈の麓に位置するキュロス周辺の山上に定住し、異教の神殿跡を礼拝所に転用したとされる。屋根のない野外で祈り、荒行と断食を日常とし、その清廉さと奇跡の評判は周囲に広まった。多くの弟子を集め、その精神的な指導によってシリアとレバノン一帯にキリスト教的修道精神を根付かせていった。キュロスの司教テオドレトスはマロンの伝記的記録を残した唯一の古代史家であり、彼の著作『修道史(Historia Religiosa)』の中でマロンの徳と奇跡について詳しく述べている。

マロンの死後、遺骸をめぐって周辺集落の間で争奪が起きたと伝えられるほど、その存在は人々の心に深く刻まれていた。弟子たちが形成した信仰共同体はやがてマロン派(マロン典礼カトリック教会)として発展し、現在もレバノンを中心に世界中に300万人以上の信者を持つ。マロン派教会はその全歴史を通じてローマ教皇との完全な一致を保ち続けており、ローマと一度も断絶したことのない唯一の東方典礼カトリック教会として知られる。

Episode / エピソード・伝承

テオドレトスの記録によれば、マロンのもとに訪れた人々は身体的な病だけでなく魂の病からも癒された。貪欲な者には節制を、怒りっぽい者には平和を、不正直な者には誠実さを説き、それぞれの内的状態に合わせた霊的療法を施したという。マロンが荒れ地に立てたわずかな小屋の周囲には弟子たちが集まり、その場所が後世に修道院や教会に発展していった。

最も有名なマロンの弟子の一人アブラハム・オブ・キュロスは「レバノンの使徒」と呼ばれ、まだキリスト教を知らなかったレバノン山地の人々への伝道に生涯を捧げた。こうしてマロンの霊的系譜はシリア・レバノン全域に広がり、聖シャルベル・マフルーフや聖ラフカなど後世のマロン派の聖人たちにもその精神が受け継がれている。レバノンでは2月9日が国民の祝日に指定されており、キリスト教徒・イスラム教徒を問わず多くの市民が聖マロンの祝日を祝う。

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