モロカイのダミアン神父 - The Sacred Secret
聖人

モロカイのダミアン神父

ダミアン・デ・ヴースター/ヨゼフ・デ・ヴースター/ライ病者の使徒
Saint Damien de Veuster(仏)/ Saint Damien of Molokai(英)/ Sanctus Damianus(羅)
◆ 年代1840年1月3日〜1889年4月15日
◇ 出身地トレメロ(ベルギー・フランドル・ブラバント州)
◆ 祝日5月10日(列聖:2009年10月11日)
◇ 守護分野ハンセン病患者、HIV/AIDS患者、不治の病を抱える人、社会から疎外された人、ホノルル司教区
◆ シンボル
司祭服と十字架 ハンセン病患者 モロカイ島
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Life / 生涯

ヨゼフ・デ・ヴースターはベルギーの農家の末子として生まれ、1858年にイエス・マリアの聖心会(ピクプス会)に入会してダミアンという修道名を受けた。体の弱い兄パンフィルの代わりにハワイへの宣教師として派遣されることを志願し、1864年3月にホノルルに到着、同年5月21日に司祭叙階を受けた。その後ハワイ島で9年間宣教活動を行った。

当時ハワイ王国政府はハンセン病(当時「ライ病」と呼ばれた)の拡大防止のため、患者をモロカイ島カラウパパ半島に強制隔離していた。孤立した集落で霊的・物質的ケアを求める声に応え、ダミアンは1873年5月10日に自らモロカイ島に渡り、以後16年間島に留まった。彼は患者たちと食卓を共にし、傷の手当てをし、棺を作り墓を掘り、家や道路や学校を建て、教会(聖フィロメナ教会)を建立した。1884年には自ら足の感覚を失い、ハンセン病に感染したことを知る。その後も「我らライ病者は」という言葉で信者への説教を続け、1889年4月15日に49歳で永眠した。1995年に教皇ヨハネ・パウロ2世によって列福、2009年10月11日に教皇ベネディクト16世によって列聖された。

Episode / エピソード・伝承

ダミアンが自らハンセン病に感染したことを公にした経緯は、今も多くの人の心を打つ。1885年のある主日のミサで彼は説教を「我らライ病者は」という言葉で始め、会衆は彼が自らも感染していることを悟った。かつて孤独と疎外の中で生きてきた患者たちにとって、司祭自身が自分たちと同じ病を抱えて立っているという事実は、比類ない慰めと連帯の証しであった。

ダミアンは長年、海上から巡察に来た司教の船に乗り移って告解の秘跡を受けるしかなく、悲痛な孤独の中で司牧を続けた。晩年、フランシスコ会修道女マリアンネ・コープと数人の修道女がモロカイに来て彼の最期を看取った。ダミアン自身が「誰も感染しない」と約束した通り、修道女たちは誰一人発病しなかった。彼の遺骸はモロカイ島に葬られた後、1936年にベルギーのルーヴェンに移送され、右手の遺骨は1995年に島に返還されて原の墓に戻された。祝日5月10日は彼が1873年に初めてモロカイ島に足を踏み入れた日付にちなむ。

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