聖女

アンティオキアの聖マルガリタ

マリーナ/マルガリタ/マーガレット/大殉教者マリーナ
Santa Marina(伊)/ Saint Margaret of Antioch(英)/ Sancta Margarita Antiochena(羅)
※ 聖マリーナ(聖マルガリタ)の生涯に関する詳細は伝説的要素を多く含み、教皇ゲラシウス1世(在位492-496年)によって外典(アポクリファ)と判定されたことがあります。その後も東西両教会で崇敬は継続し、中世には「14救難聖人」の一人として広く信仰されました。
◆ 年代3世紀後半〜304年頃
◇ 出身地アンティオキア・ピシディア(現トルコ中南部)
◆ 祝日7月20日(カトリック)/ 7月17日(東方正教)
◇ 守護分野出産・妊婦、流刑者、不当に告発された人、腎臓病患者、農家、看護師
◆ シンボル
竜(十字架で退治) 十字架 殉教者の棕梠
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Life / 生涯

マリーナ(西方ではマルガリタ、英語ではマーガレット)はピシディア地方アンティオキアの異教神官の娘として生まれた。幼い頃に母を亡くし、キリスト者の乳母に育てられたため、自然に信仰を抱くようになった。洗礼を受けたと知った父は彼女を勘当し、マリーナはその後乳母のもとで羊飼いとして質素な生活を送った。

ある日、地方総督オリュンブリオスが野原で羊を世話するマリーナの姿を見て、その美しさに魅了され結婚を求めた。しかしマリーナはキリスト者であることを告げ、求婚を拒んだ。怒った総督は彼女に棄教を迫り、凄絶な拷問を加えた。鈎で体を引き裂かれ、松明で焼かれ、水中に沈められながらもマリーナは信仰を捨てなかった。その様子を目撃した多くの人々がキリスト者へと改宗したとも伝えられる。最終的に304年頃、斬首によって殉教した。東方正教会では「大殉教者マリーナ」として特別に崇敬され、西方カトリックでは「聖マルガリタ(マーガレット)」として「14救難聖人(Vierzehn Nothelfer)」の一人に数えられている。

Episode / エピソード・伝承

マリーナの伝承で最も名高いのは竜との対決の逸話である。投獄された牢の中に巨大な竜が現れてマリーナを丸のみにしようとしたが、マリーナが手にした十字架が竜の腹を内側から裂き、無事に外へ脱出できたと伝えられる。また別の伝承では悪魔が人の姿で現れ、マリーナがその頭を踏みつけて退けたとも語られる。出産の守護聖人としての信仰は、「子が母の胎から出るように、マリーナが竜の腹から出た」という連想に由来するとされる。

ジャンヌ・ダルクが聞いたとされる「声」のうちの一つがこの聖マルガリタのものと伝えられており、中世フランスにおける崇敬の深さを示している。「マーガレット」という名がヨーロッパ全域で広く普及したのも彼女の影響によるとされ、英国だけで200以上の教会が彼女に捧げられていた。遺骸の一部は十字軍時代にイタリアのモンテフィアスコーネに移送されたと伝えられ、ヴェネツィアにも遺骸の一部が安置されているとされる。彼女への誓願に対して強力なとりなしがあると伝えられたため、中世を通じて出産・流刑・不当な裁判など人生の苦境に立たされた多くの人々が祈りを捧げ続けた。

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