聖リディア(テュアティラ) - The Sacred Secret
聖女

聖リディア

リディア・プルプラリア/テュアティラのリディア/紫布商人リディア
Santa Lidia(伊)/ Saint Lydia(英)/ Sancta Lydia(羅)
◆ 年代1世紀
◇ 出身地テュアティラ(現トルコ・アクヒサル)
◆ 祝日8月3日
◇ 守護分野染物師・染色業者
◆ シンボル
紫の布・紫の衣 洗礼の水辺 書物
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Life / 生涯

リディアは小アジアのテュアティラ(現トルコ西部アクヒサル)出身の女性で、当時フィリピ(現ギリシア北部・マケドニア地方)に居住して紫布・紫染料の商いを営んでいた。テュアティラは古来から紫染め産業で名高い都市であり、リディアの名はこの地方名「リュディア」に由来すると考えられている。彼女は「神を敬う者」であったと使徒行録は記しており、ユダヤ教的一神教への信仰を持ちながら正式にはユダヤ教徒でなかった、いわゆる「神を恐れる者」であったとされる。

紀元50年頃の第2回宣教旅行でパウロとシラスがフィリピを訪れた際、安息日に祈りの場を求めて川辺に出た。そこでリディアを含む女性たちの集まりに出会い、パウロはイエス・キリストについて語った。使徒行録16章14節は「主が彼女の心を開かれたので、パウロの語ることに耳を傾けた」と記しており、リディアとその家族・従者たちが川で洗礼を受けた。彼女はパウロ一行を自宅に招き入れ、フィリピ最初のキリスト者共同体の庇護者となった。パウロとシラスが投獄・釈放された後も一行はリディアの家に戻って信者たちを励ましてから旅立った(使徒言行録16:15、16:40)。

リディアはヨーロッパで初めて記録されたキリスト者改宗者であるとされ、その歴史的意義は大きい。東方正教会では「使徒に等しい者」として崇敬されている。ギリシアのフィリピ近郊、伝統的に洗礼の場とされる川辺には屋外の洗礼場が設けられ、今も多くの巡礼者が訪れる。

Episode / エピソード・伝承

リディアの伝承で特筆すべきは、彼女が自ら信仰を求め、積極的にパウロ一行を自宅へ招いた主体的な姿勢である。使徒言行録の記述では、洗礼を受けたリディアは「信者と認めてくださるなら、ぜひ私の家に来て泊まってください」と「頼み込んだ」とされており(使徒言行録16:15)、その積極的なもてなしと信仰の熱心さが伝わってくる。

「ある紫布を商う女でリディアという人が聞いていたが、彼女はテュアティラ市出身で、神を崇拝する人であった。主が彼女の心を開かれたので、彼女はパウロの語ることに耳を傾けた。」 - 使徒言行録 16:14

紫の染料や布は当時きわめて高価な贅沢品であり、皇帝・貴族・祭司が用いるものだった。リディアがそのような高級商品を扱う事業者であったことは、彼女が相当の経済力と社会的地位を持つ女性であったことを示唆する。彼女の家が初代フィリピ教会の拠点となり、パウロが「私の喜びと冠である」と呼んだフィリピ共同体(フィリピの信徒への手紙1:4)の礎となったのである。

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