聖ダリア(聖クリサントと聖ダリア) - The Sacred Secret
聖女

聖ダリア

ダリア/聖クリサントと聖ダリア(夫婦殉教者)
Santi Crisanto e Daria(伊)/ Saints Chrysanthus and Daria(英)/ Sancti Chrysanthus et Daria(羅)
※ 聖クリサントと聖ダリアの生涯に関する史料は5世紀以降に成立した伝承に基づいており、歴史的詳細は確認困難です。
◆ 年代没年 283年頃(皇帝ヌメリアヌス治世下)
◇ 出身地ダリア:ギリシア(ミネルウァ神殿の巫女) / クリサント:エジプト・アレクサンドリア出身でローマ在住
◆ 祝日10月25日
◇ 守護分野ザルツブルク(オーストリア)、アイッセル(ドイツ・ニーダーザクセン州)の守護聖人
◆ シンボル
ライオン(ダリアを守護) 砂の穴(生き埋め) 夫婦殉教者
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Life / 生涯

クリサントはエジプトの貴族ポレミウスの一人息子で、ローマに連れてこられた。父の反対にもかかわらず、司祭カルポフォルスのもとで洗礼を受け、熱心な宣教活動を始めた。父はクリサントの改宗を阻もうとして、ミネルウァ神殿の巫女ダリアを彼のもとに送り込んだ。しかしダリアは逆にクリサントに説得され、ともに信仰に生きることを選んだ。二人は「清潔な婚姻(童貞婚)」を結び、ともに宣教活動を行ってローマ市民の間に多くの改宗者をもたらした。

この活動が当局に知れると、クリサントは護民官クラウディウスのもとで拷問を受けた。しかしクリサントの信仰の強さと奇跡に打たれたクラウディウス自身が改宗し、妻ヒラリアと二人の息子マウルスとヤソン、さらに70人の兵士もキリスト者となった。皇帝はこれを知り、クラウディウスを溺死刑、その息子たちを斬首、ヒラリアを絞首刑に処した。ダリアは娼館に送られたが、神の守護によって姿を守られたと伝えられ、その後クリサントとともに現在のサラリア街道(ヴィア・サラリア・ノヴァ)近くの砂坑に生き埋めにされて殉教した。283年頃のことと推定される。

Episode / エピソード・伝承

ダリアが娼館に入れられた際、神が一頭のライオンを遣わして彼女を守ったという伝承が残る。ライオンは訪れる男たちを床に投げ倒しつつも殺さず、ダリアが諭すと男たちは悔い改めてその場でキリスト者となったという。また炎で焼き払おうとした際も、ライオンとダリアは無傷であったと伝えられる。

二人の墓は早くからキリスト者たちの巡礼地となり、殉教の記念日にそこで祈りを捧げていた信者たちが皇帝の命令により全員その場で生き埋めにされたという事件も伝えられている。遺骸の一部はドイツのプリュム修道院に移送され、後にミュンスター=アイフェルに移された。最近行われた骨の科学的調査では、若い男女の骨が確認され、古代ローマ時代(80年〜340年)のものと鑑定されている。

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