キベホの聖母 - The Sacred Secret
聖母

キベホの聖母

キベホの聖母/悲しみの聖母(キベホ)/「御言葉の母(Nyina wa Jambo)」
Notre-Dame de Kibeho(仏)/ Our Lady of Kibeho(英)/ Bikira Mariya w'Ikibeho(ルワンダ語)
◆ 出現期間1981年11月28日〜1989年11月28日
◇ 場所キベホ(ルワンダ南西部・ギコンゴロ教区)
◆ 祝日11月28日
◇ 公認2001年6月29日(ギコンゴロ教区司教アウグスタン・ミサゴ)
◆ シンボル
ロザリオ 悲しみの御顔 アフリカの聖母像
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Life / 生涯

キベホの聖母は1981年から1989年にかけてルワンダ南西部の小さな村キベホの学校で、主に3人の女子学生に現れた聖母マリアの出現として知られている。最初の出現は1981年11月28日で、アルフォンシーヌ・ムムレケ(16歳)の前に「比類なき美しさ」の婦人が現れ、自ら「御言葉の母(Nyina wa Jambo)」と名乗った。翌年1月にはナタリー・ムカマジンパカ(17歳)に、さらにマリー・クレール・ムカンガンゴ(21歳)にも出現が始まった。

出現のメッセージは悔い改め、ロザリオの祈り、断食、神への信頼の回復を求めるものであり、特に「憎しみと対立に向かう世界、深淵に落ちる危険のある世界」への警告を含んでいた。マリー・クレールは1982年9月15日(悲しみの聖母の祝日)に出現が終わり、ナタリーは1983年12月3日に終わった。アルフォンシーヌへの出現は8年ちょうど後の1989年11月28日に終わった。この期間中、3人の証言に対して教会の神学調査・医学調査が行われ、2001年6月29日にギコンゴロ教区司教アウグスタン・ミサゴが3人の証言を真正と認める公式宣言を出した。これはアフリカ大陸で初めてカトリック教会に公認された聖母出現である。

Episode / エピソード・伝承

出現のメッセージの中でマリア(聖母)は、ルワンダの人々が向かう破滅的な方向について繰り返し警告したとされる。1994年のルワンダ大虐殺(約80万人が殺害された悲劇)を予見するかのような幻視の内容は、後に多くの人々の信仰を深める契機となった。特にキベホの女子校そのものが虐殺の際に多数の人が殺された場所となったことは、深い霊的な問いを残している。

聖母の像として最も広く知られるキベホのマリア像はアフリカ系の容貌で描かれており、その姿はアフリカ全土のカトリック信者に強い親しみと共感を呼んでいる。現在キベホには聖母巡礼聖堂が建設されており、毎年多くの巡礼者が訪れる。メッセージの核心は「悔い改めと心の回心」「ロザリオへの祈りの招き」「苦しみの意味」であり、現代の信者への呼びかけとして今も読まれ続けている。

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