ポーランドの聖ヤドヴィガ - The Sacred Secret
聖女

ポーランドの聖ヤドヴィガ

ヤドヴィガ/ヘドヴィゲ/統合ヨーロッパの守護聖人
Jadwiga(波)/ Saint Hedwig of Poland(英)/ Sancta Hedvigis Reginae(羅)
※ 「ポーランドの聖ヤドヴィガ」はポーランド女王ヤドヴィガ(1373/74-1399)を指します。同名の「シレジアの聖ヘドヴィヒ」(1174-1243、祝日10/16)とは別人ですのでご注意ください。
◆ 年代1373/74年 - 1399年7月17日
◇ 出身地ハンガリー(アンジュー家)/ ポーランド女王
◆ 祝日6月8日(列聖日)/ 7月17日(死去日)
◇ 守護分野ポーランド・統合ヨーロッパ・リトアニア・ハンガリー・若い王族・慈善事業
◆ シンボル
王冠 王笏 白い百合 十字架
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Life / 生涯

ヤドヴィガは1373年または74年頃、ハンガリー・アンジュー朝の王女として生まれました。10歳の時にオーストリア公ヴィルヘルムとの婚約が結ばれましたが、1384年にポーランドの貴族たちは彼女をポーランド王として迎えることを決め、ヤドヴィガはわずか10代で「ポーランド王」(女王ではなく「王」の称号)として即位しました。

1386年、異教徒のリトアニア大公ヴワディスワフ2世・ヤギェウォとの政略結婚が行われました。この結婚はリトアニアのキリスト教化と引き換えのものでしたが、ヤドヴィガは信仰と政治の使命を一体として受け入れました。自らヴィルヘルムとの婚約を断念し、神に誓った誓いをもってこの結婚に臨んだとされます。リトアニアのキリスト教化はその後数年で達成され、ポーランド=リトアニア連合は中欧最大の勢力となりました。

ヤドヴィガはクラクフのヤギェウォ大学(現在のヤギェウォニアン大学)の復興に私財を投じ、貧しい人々のために多くの施しを行いました。1399年7月17日、出産の後に帰天。わずか25歳でした。1997年、教皇ヨハネ・パウロ2世により列聖されました。

Episode / エピソード・伝承

ヤドヴィガにまつわる伝承として最も知られるのは、「奇跡の十字架」の話です。クラクフのヴァヴェル大聖堂に安置されたキリスト像が、ヤドヴィガの祈りに答えて語りかけたと伝えられています。その後もこの十字架は数々の奇跡と結びつけられ、現在も巡礼者が絶えません。

また、ヤドヴィガが街を歩いていると貧しい石工が働いているのを見かけ、自分の靴の留め金を外して与えたという伝承もあります。石工の足元には彼女の靴の跡が奇跡的に石に刻まれたと言われ、この痕跡は今もクラクフに残るとされています。

列聖の際、教皇ヨハネ・パウロ2世(ポーランド出身)は「彼女は世界が必要としているモデル、権力者の模範です」と述べました。王としての地位を人々への奉仕のために用いたその生涯は、今もポーランドの国民的誇りであり続けています。

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