チェンストホヴァの聖母 - The Sacred Secret
聖母

チェンストホヴァの聖母

チェンストホヴァのせいぼ/黒い聖母(クロチナ・マドンナ)
Matka Boska Czestochowska(波)/ Our Lady of Czestochowa(英)/ Mater Nigra(羅)
◆ 年代イコン制作:諸説あり(5〜14世紀)
◇ 所在地ポーランド・チェンストホヴァ、ヤスナ・グラ修道院
◆ 祝日8月26日(ポーランド)/ 8月15日の八日間内に記念
◇ 守護分野ポーランド・ポーランド民族・ポーランド軍・難民
◆ シンボル
頬の傷跡(2本) 黒ずんだ顔 王冠 赤いローブ
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Life / 生涯

チェンストホヴァの聖母は、ポーランド南部のヤスナ・グラ(「明るい山」の意)修道院に安置された聖母マリアのイコンです。「クロチナ・マドンナ(黒い聖母)」の名でも知られるこのイコンは、ポーランドのカトリック信仰の中心であり、ポーランド国家の守護を象徴する存在として深く崇敬されています。

イコンの制作時期については複数の説があります。聖ルカが描いたとする伝承が古くからありますが、美術史的には14世紀頃の東欧・ビザンティン様式の作品とする見解が有力です。1382年、ポーランド公オポーレのヴワディスワフ2世がこのイコンをヤスナ・グラ修道院(パウリノ会)に奉納したことが歴史上の確かな出発点となっています。

聖母の顔には右の頬に2本、左の頬に1本(諸説あり)の傷跡が描かれています。1430年にフス派の騎士団がヤスナ・グラに侵入した際、このイコンは剣で傷つけられたとされます。修復職人が傷を消そうとしたところ何度も傷が復活したため、そのまま残されたと伝えられ、以来この傷跡はイコンの特徴となっています。

Episode / エピソード・伝承

1655年、スウェーデン軍の大規模侵攻(「大洪水」と呼ばれる)に際し、ヤスナ・グラ修道院はわずかな守備隊で40日近く持ちこたえ、スウェーデン軍の撤退を招きました。この奇跡的な防衛をきっかけに、ポーランド王ヤン2世カジミェシュは聖母を「ポーランドの女王」と宣言し、チェンストホヴァの聖母はポーランド民族と国家の守護者としての地位を確立しました。

1920年のポーランド・ソビエト戦争においても、「ヴィスワの奇跡」と呼ばれる予想外の勝利の背景に聖母の加護があるとする信仰が広まりました。第二次世界大戦中もヤスナ・グラは爆撃を免れ、多くの信者がこれを奇跡とみなしました。

毎年8月26日前後には、ポーランド国内の各地から徒歩で巡礼に訪れる人々が数十万人に達し、世界でも最大規模の聖地巡礼のひとつとなっています。聖ヨハネ・パウロ2世も教皇就任以前から深くこの聖母を崇敬し、就任後も繰り返し訪問しました。

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