聖女

ローマの聖パウラ

パウラ・ロマーナ/聖ヒエロニムスの弟子
Sainte Paule de Rome(仏)/ Saint Paula of Rome(英)/ Paula Romana(羅)
◆ 年代 347年5月5日〜404年1月26日(享年56歳)
◇ 出身地 ローマ(イタリア)
◆ 祝日 1月26日
◇ 守護分野 未亡人・聖ヒエロニムス修道会・修道者
◆ シンボル
書物・巻物(聖書翻訳) 修道女の衣 十字架 髑髏(苦行・無常)
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Life / 生涯

347年5月5日、アガメムノン王の血を引くとも伝えられるローマ屈指の貴族の家に生まれました。16歳で元老院議員トクソティウスと結婚し5人の子を産み、絹の衣をまとい奴隷に?で運ばせるという当時のローマ上流の暮らしを送っていました。32歳のとき夫を亡くし未亡人となると、聖マルケラ率いる半修道的な女性共同体に加わり信仰の道を歩み始めます。

382年、教皇ダマスス1世の秘書としてローマに来ていた聖ヒエロニムスと出会い、深い信仰的絆で結ばれます。385年、娘エウストキウムとともにローマを離れ聖地巡礼へ。エジプトの修道士たちを訪ね、最終的にベツレヘムに定住します。そこで全財産を投じて男子修道院・女子修道院・巡礼者のための宿泊所・聖堂を建設。自らは女子修道院の院長として修道女たちを導きました。聖書のすべての詩篇をヘブライ語で暗唱するほどの語学力と学識を持ち、ヒエロニムスのラテン語聖書翻訳(ウルガータ)の共同作業者ともなりました。404年1月26日、すべての財産を使い果たし無一文のままベツレヘムで57歳の生涯を閉じました。

Episode / エピソード・伝承

聖ヒエロニムスはパウラの死後、娘エウストキウムへの手紙の中で34章にわたる彼女の伝記を著しました。冒頭の言葉は「私の体のすべての器官が舌になり、すべての関節が人の声を上げたとしても、聖なるパウラの徳にふさわしいことを何も言えない」と始まります。ヒエロニムスは彼女の死を深く悼み、「ああ親愛なる聖パウラよ、あなたの祈りで今こそ私を助けてください、私を忘れないでください」と祈ったと伝えられています。

パウラの遺骸はベツレヘムの降誕聖堂地下に葬られ、後にヒエロニムスもその傍らに眠ります。彼女の孫娘「若いパウラ」はヒエロニムスの最期を看取りました。13世紀に創設された「聖ヒエロニムス修道会(イエロニミタ会)」はパウラを共同守護聖人としています。富める者が貧しくなることを恐れず、学識と信仰を合わせ持って神に仕えたパウラの姿は「初期の砂漠の母(Desert Mother)」の一人として今日も崇敬されています。

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