聖ランベルトゥス - The Sacred Secret
聖人

聖ランベルトゥス

ランベルトゥス/ランベール/ランバート
Sint Lambertus(蘭)/ Saint Lambert(仏・英)/ Sanctus Lambertus(羅)
◆ 年代638年頃〜705年頃
◇ 出身地マーストリヒト(現オランダ・ベルギー国境地帯)
◆ 祝日9月17日
◇ 守護分野リエージュ・マーストリヒト・外科医・子どもの病気
◆ シンボル
棕櫚の枝(殉教) 司教杖
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Life / 生涯

聖ランベルトゥスはフランク王国時代のマーストリヒト(現在のオランダとベルギーの国境近く)に生まれ、マーストリヒト司教テオダルドゥスのもとで育てられました。師の死後、若くしてマーストリヒトの司教となりましたが、権力争いの煽りを受けて一時的に追放され、スタブロ修道院で7年間の修道生活を送りました。後に復権して司教職に戻り、フランク族を中心とする地域の宣教に精力的に取り組みました。

703年(または705年頃)、ペパン2世の内縁の妻との不倫関係を公に糾弾したことで、その係累による報復を受け、現在のベルギー・リエージュ近郊のリエジュで暗殺されました。この死は政治的な殺害でしたが、信仰と道徳的正義のために命を捨てた殉教として受け取られ、すぐに聖人として崇敬されるようになりました。

後継者の聖ユベルトゥスが司教座をリエージュに移転させ、ランベルトゥスの遺骸もそこに安置されたことで、リエージュはベルギー屈指の巡礼地となりました。

Episode / エピソード・伝承

ランベルトゥスの暗殺に際して、彼は逃げることも抵抗することもなく、祈りの言葉を唱えながら刺客を迎えたと伝えられています。従者たちが武器を取って戦おうとしたとき、「刃を収めよ。神が望まれるなら、私は喜んでこの場で主のもとに行く」と制止したとされ、この言葉が殉教者の証しとして語り継がれています。

彼の遺骸が現在のリエージュに運ばれた際、多くの奇跡が起きたと伝えられ、リエージュ司教座聖堂はランベルトゥスの名を冠して建立されました(フランス革命期に破壊され、現在の聖パウロ大聖堂が後継)。ベルギー・オランダ・ドイツにわたる低地地方で今も広く崇敬されています。

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