聖アントニオ・マリア・クラレ - The Sacred Secret
聖人

聖アントニオ・マリア・クラレ

アントニオ・マリア・クラレ/クラレティアン創設者
San Antonio Maria Claret(西)/ Saint Anthony Mary Claret(英)/ Sanctus Antonius Maria Claret(羅)
◆ 年代1807年12月23日〜1870年10月24日(享年62歳)
◇ 出身地スペイン・サリュ(カタルーニャ地方)
◆ 祝日10月24日
◇ 守護分野宣教師・カタルーニャ・織物業者・貯蓄
◆ シンボル
炎の心臓(燃える心) 十字架 司教冠 書物
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Life / 生涯

アントニオ・マリア・クラレはスペイン・カタルーニャ地方の織物職人の家に生まれた。若い頃は父の仕事を継ぐ道を歩んでいたが、深い宗教的覚醒を経て司祭職の道に進んだ。叙階後はカタルーニャ各地を精力的に巡回して民衆への宣教に当たり、その情熱的な説教は多くの改宗者を生んだ。

1849年、同志の司祭たちとともに「マリアの御心宣教修道会(クラレティアン会)」を創設し、宣教・出版・教育を通じた福音宣教の組織的な展開を図った。1850年にはキューバ大司教に任命され、10年間にわたって教育改革・農業改革・社会奉仕など幅広い分野で貢献した。帰国後はスペイン女王イサベル2世の聴罪司祭となったが、政治的混乱の中で暗殺未遂にも遭いながら宣教を続けた。1870年、フランスで逝去。列福は1934年、列聖は1950年。

Episode / エピソード・伝承

クラレは生涯に約10,000回の説教と約100,000件の聴罪(告解)を行ったと記録されており、その宣教活動の規模は驚異的であった。また出版事業にも力を入れ、信仰書・教理書など数百万部の刊行物を普及させた。こうした活動から「カトリック出版の使徒」とも呼ばれている。

クラレへの暗殺未遂は複数回に及んだが、その都度奇跡的に生き延びたとされる。ある暗殺者は刃物で彼の顔に傷を負わせたが、すぐに捕らえられた。クラレはその犯人の赦免を当局に請い、自ら犯人の側に付き添ったとも伝えられる。この慈悲深さのエピソードは彼の人物像を象徴するものとして語り継がれている。

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