聖ラフカ(聖レベッカ) - The Sacred Secret
聖女

聖ラフカ(聖レベッカ)

ラフカ・アル=ライース/レバノンのユリ・レバノンの小さな花
Sainte Rafqa(仏)/ Saint Rafqa / Saint Rebecca(英)/ Rafqa Pierrette Ar-Rayes(本名)
※ 「ラフカ」はアラビア語で「レベッカ(リベカ)」を意味します。同一人物が別名で知られているため、当店では1ページにまとめています。旧約聖書のリベカ(イサクの妻)とは別人です。
◆ 年代 1832年6月29日〜1914年3月23日(享年81歳)
◇ 出身地 ヒムラーヤ(現レバノン・マロン派の山岳村)
◆ 祝日 3月23日(帰天日)
◇ 守護分野 病人・身体的苦痛を持つ人・親を亡くした子供・盲人・編み物をする人
◆ シンボル
十字架(キリストの受難への参与) ロザリオ 毛糸・編み棒(病中の奉仕) マロン派修道服
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Life / 生涯

1832年6月29日、レバノンの山岳マロン派キリスト教徒の村ヒムラーヤに生まれました。洗礼名はブトロッシーヤ(ペトラ)。7歳で母を亡くし、継母と折り合わず11歳から15歳まで奉公に出ます。21歳で聖マリアの無原罪修道会に入会し「アニッサ(アニェス)修道女」となります。1871年、所属修道会がほかの修道会と合同になったとき、夢に現れた聖大アントニオスの導きに従い、レバノン・アントニオス修道会(バラディーヤ修道会)に移り「ラフカ(レベッカ)修道女」と改名します。

1885年10月のロザリオの祝日のミサ中、「キリストの受難に参与させてください」と祈ったところ、直後から眼と頭部に激しい痛みが始まり、徐々に視力を失い全身麻痺へと進んでいきます。1907年には完全に失明・麻痺しましたが、できる限り毛糸の靴下を編んだり縫い物をしながら祈り続けました。1914年3月23日、最後の聖体拝領を受けた後に「イエスよ、聖家族よ」と呼びかけて静かに帰天しました。1985年に列福、2001年に教皇ヨハネ・パウロ2世によって列聖されました。

Episode / エピソード・伝承

ラフカの苦しみは壮絶なものでした。眼窩から出血し頻繁に鼻血が止まらない中でも、決して痛みを訴えませんでした。あるとき修道院長が「なぜ神にその苦しみを取り除いてくれるよう頼まないのですか」と尋ねると、ラフカは「私は苦しんでいる間、神の恵みを喜んでいます。神が望まれることが私の望みです」と答えたと伝えられています。1914年の医学的検査では、眼球結核と多発性骨突起の合併症との診断が後の調査で明らかになりましたが、80年以上にわたる長い苦しみの中での彼女の喜びと平和は奇跡的とされています。

埋葬後、墓の上に三日間光が輝いたのを多くの人が目撃したと伝えられています。ラフカはスーダンのバキタと並んで近代カトリック史を代表するアフリカ・中東出身の女性聖人であり、特にマロン派キリスト教徒の誇りとして深く崇敬されています。

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