聖クィリナス(ノイス) - The Sacred Secret
聖人

聖クィリナス(ノイス)

クィリナス・フォン・ノイス/ローマの殉教者
Saint Quirinus de Neuss(仏)/ Saint Quirinus of Neuss(英)/ Quirinus Martyr Romanus(羅)
※ 当店商品リストでは「聖クィリナス(ギスラン)」として登録されていますが、ギスランとクィリナスは別人です。ギスランは7世紀のベルギーの修道院長(祝日10月9日)、クィリナスは2世紀のローマ殉教者です。祝日は旧ローマ殉教録では3月30日、現行ローマ殉教録では4月30日となっています。
◆ 年代 生没年不詳/116年頃殉教
◇ 出身地 ローマ(イタリア)
◆ 祝日 3月30日(旧ローマ殉教録)/ 4月30日(現行ローマ殉教録)
◇ 守護分野 ノイス市・悪霊よけ・熱病・痛風・皮膚疾患・家畜(牛・馬)・動物・騎士・兵士
◆ シンボル
ローマ軍人の鎧 棕櫚の枝(殉教) 剣(斬首) 聖水(クィリナスの泉)
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Life / 生涯

クィリナスはローマの軍人(護民官・トリブヌス)で、皇帝トラヤヌスの治世(98〜117年)に活躍したと伝えられます。伝説的な記録によれば、彼はアレクサンデル教皇1世・エヴェンティウス・テオドルスの処刑を命じられた将校でした。しかし獄中でこれらのキリスト教徒たちの行う奇跡を目の当たりにし、なかでも娘バルビナの頸部の病が教皇アレクサンデルの祈りで癒されるのを見て回心します。父娘ともにキリスト教の洗礼を受け、まもなく信仰を告白したことで斬首の刑に処せられました。116年頃のことです。

クィリナスの遺骸はローマのプラエテクスタトゥス地下墓地(ウィア・アッピア沿い)に葬られ、4世紀の殉教者目録に記録されています。1050年に教皇レオ9世が聖遺物を姪のゲパ修道院長に贈り、これがドイツ・ノイスに渡ったことで、ノイスに大きな崇敬が広まりました。現在もノイスのロマネスク様式のクィリナス大聖堂に聖遺物が安置されています。

Episode / エピソード・伝承

クィリナスへの崇敬はライン川流域・フランドル・スカンジナビア・北西ドイツ・オランダ・イタリアへと広まりました。ライン地方ではフベルトゥス・コルネリウス・アントニウスと並ぶ「神の四元帥(Vier Marschälle Gottes)」の一人として崇められています。ノイスでは「クィリナスの水(Quirinuswasser)」と呼ばれる湧き水が目の病・熱病の癒しに信仰され、多くの巡礼者が訪れました。1474〜75年のブルゴーニュ公シャルル豪胆公によるノイス包囲戦では、市民がクィリナスに祈り続け、包囲から救われたという伝承も残っています。

また農民の間では「クィリナスの祝日(3月30日)の天気でその年の夏がわかる」という言い伝えがあり、季節の変わり目の聖人としても親しまれてきました。

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