カンタベリーの聖アウグスティヌス - The Sacred Secret
聖人

カンタベリーの聖アウグスティヌス

カンタベリーのアウグスティヌス/イングランドの使徒
Saint Augustin de Cantorbéry(仏)/ Saint Augustine of Canterbury(英)/ Sanctus Augustinus Cantuariensis(羅)
※ ヒッポの聖アウグスティヌス(8月28日・教会博士)とは別人です。このページはイングランドに福音をもたらした宣教師・初代カンタベリー大司教を扱います。
◆ 年代生年不詳〜604年5月26日頃
◇ 出身地ローマ(推定)
◆ 祝日5月27日(ローマ典礼)/ 5月26日(イングランド・ウェールズ)
◇ 守護分野イングランド・カンタベリー教区・宣教師
◆ シンボル
司教冠と司牧杖 聖書または本 パリウム(大司教のストール)
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Life / 生涯

カンタベリーのアウグスティヌスは、教皇グレゴリウス1世(大教皇)の命によってイングランドへ派遣された宣教師団の長として歴史に名を残しています。596年、彼はローマのサン・タンドレア修道院から40名の修道士を率いてイングランドへの旅に出発しました。途中フランスで宣教の難しさを聞いて引き返そうとしたことがありましたが、グレゴリウス教皇の励ましと支援を受けて再び出発し、597年にイングランド南東部ケント王国に上陸しました。

ケント王エゼルベルトの妻ベルタはすでにキリスト教徒であったフランク王女で、夫に対してもキリスト教への理解があったため、アウグスティヌスはカンタベリーで宣教活動を始めることができました。同年、エゼルベルト王は洗礼を受け、イングランドにおけるキリスト教国家の礎が置かれます。アウグスティヌスはカンタベリーに大聖堂を建設し、初代カンタベリー大司教に就任しました。604年頃に亡くなるまで、宣教・組織整備・ローマとの連絡調整に尽力しました。

彼が築いたカンタベリー大司教座は、今日もイングランド国教会(英国国教会)の霊的中心として存続しており、カトリックとプロテスタントの両教会において重要な意味を持つ歴史的拠点です。

Episode / エピソード・伝承

アウグスティヌスがイングランドへ出発する直前、教皇グレゴリウスはローマの奴隷市場で金髪の少年たちを見かけ、その出身地を問いました。「アングル人です」と答えられると教皇は「アングル人(Anguli)ではなくて天使(Angeli)だ」と言ったという有名な逸話があります。この出会いが教皇をイングランド宣教へと動かしたきっかけとも伝えられています。

アウグスティヌスとイングランドのケルト系キリスト教(アイルランド・ウェールズ系)の司教たちとの関係は必ずしも円滑ではなく、復活祭の日付や洗礼の方式などの慣行の違いが摩擦を生みました。この東西・南北のキリスト教の接点としてのアウグスティヌスの立場は、多様な伝統を持つ教会が一致を模索する歴史的課題の象徴として、今も英国教会史の中で重要な位置を占めています。

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