速やかな救いの聖母 - The Sacred Secret
聖母

速やかな救いの聖母

スミヤカナスクイノセイボ/ノートルダム・デュ・プロンプ・スクール(仏)
Our Lady of Prompt Succor(英)/ Notre-Dame du Prompt-Secours(仏)
◆ 年代1809年(崇敬の始まり)
◇ 出身地ニューオーリンズ、ルイジアナ州(アメリカ)
◆ 祝日1月8日
◇ 守護分野ルイジアナ州、ニューオーリンズ大司教区、ハリケーンからの保護
◆ シンボル
幼子イエスを抱く聖母像 アンカー(錨)
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Life / 崇敬の歴史

「速やかな救いの聖母(Notre-Dame du Prompt-Secours)」とは「即座の救いの聖母」を意味するマリア崇敬の称号で、アメリカ・ルイジアナ州ニューオーリンズに根ざした深い信仰の伝統です。この崇敬の始まりは1809年、フランスのウルスラ会修道女ミシェル・ジャンスール修道女にさかのぼります。当時ナポレオンの捕虜となっていた教皇ピウス7世への請願が奇跡的に聞き届けられたことへの感謝として、ミシェル修道女は「ニューオーリンズでこの称号のもとにマリアを称えることを約束する」と誓いを立てました。教皇の許可が異例の速さで届いたことで、その誓いが果たされました。

1810年末、ミシェル修道女はニューオーリンズに到着し、ウルスラ会の礼拝堂に聖母像を安置しました。それ以来、この聖母への崇敬はルイジアナ全土に広まり、数多くの奇跡が記録されています。1812年にニューオーリンズを襲った大火の際には、修道女たちが聖母像の前で祈ると風向きが変わり、修道院が火災から救われたとされます。1851年、教皇ピウス9世がこの崇敬を公式に認可し、1月8日を祝日として制定しました。

1894年、教皇レオ13世は聖母像への荘厳な戴冠を勅書で認可し、翌1895年11月10日に執り行われました。聖母はルイジアナ州とニューオーリンズ大司教区の守護者として公式に認定されており(1928年教皇庁布告)、今日でもニューオーリンズ市民はハリケーンが迫るたびに速やかな救いの聖母への祈りを捧げます。

Episode / エピソード・伝承

1815年1月8日、ニューオーリンズの戦いの前夜、市民たちはウルスラ会の礼拝堂に集まり、速やかな救いの聖母の取り次ぎを熱心に祈りました。翌朝、奇跡的な勝利を知らせる早馬がミサの聖体拝領の瞬間に礼拝堂に到着したと伝えられています。その後、指揮官アンドリュー・ジャクソン将軍(後の米国大統領)は自らウルスラ会を訪れ、修道女たちの祈りへの感謝を表明しました。この出来事以来、毎年1月8日にはニューオーリンズで感謝のミサが捧げられ、今日まで続いています。

「速やかな救いの聖母よ、急いで助けに来てください(Our Lady of Prompt Succor, hasten to help us!)」という祈りの言葉は、ニューオーリンズで代々受け継がれてきた呼びかけです。2005年のハリケーン・カトリーナの際にも、多くの信者がこの祈りを捧げたことが記録されています。

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